2009年11月5日木曜日

冬が秋を襲う



 北の国では、冬が秋に襲いかかるようにやって来る。

 10月31日夜、北海道の大雪山系のふところに位置する層雲峡。風雪が紅葉の名残りがある山々の秋にとどめを刺すように襲来した。瞬く間に秋は死に、冬が世界を支配し真っ白になった。

 こんな劇的な季節の変化を見たことはない。季節は、たった一晩で交代するのだ。

 夏の入道雲と冬の霜柱が稀になった東京では、退屈きわまりない都会生活のように季節はだらだらとうつろうだけだ。

 東京から層雲峡温泉4泊5日飛行機代込み1日3食付き¥29,800。 うそのようなバカ安ツアーで遭遇した儲けモノの大自然のドラマ。都会人には非日常が日常の北の国。

 だが、秋が終わろうとしていたとき、この土地で、都会人も負けずにドラマを作っていた。

 層雲峡から大雪山系の黒岳頂上へはロープウエイとリフトを乗り継いで容易に登ることができる。山歩きには心もとない靴を履いた観光客には長靴を貸す親切なサービスもある。

 9月下旬、夕方、ロープウエイを止める時間になっても、男物のビジネスシューズが1足残っていた。長靴を借りて登った男が1人帰っていないことを意味する。ロープウエイの従業員たちが急きょ、周辺の山道を探したがみつからず、翌朝あらためて捜索を開始した。

 まもなく男は発見された。憔悴し、リフト乗り場に向かって降りてくるところだった。

 事情をきくと、クマに出あって殺されるのではないかと怖くなって戻ってきたという。この時期、クマは冬眠に備え活発に動いているから、地元の人たちはありうることだと思った。だが、山に登った理由をきいて呆れた。

 自殺しようと思ったが、クマに殺されるのはいやだったというのだ。自殺者はどんな死に方でもいいというわけではないらしい。

 男は死にそこなった。いや、クマが男の命を助けたのかもしれない。

 これが、層雲峡で、この秋一番の話題になった。

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