居酒屋の隣りのテーブルに、酔っ払った熟年オヤジ4人がいた。 どうやら中学か高校の同級生らしい。 髪の毛が白いのも、薄くなっているのも、真っ黒いのもいる。 この年代、団塊の世代とおぼしき連中の年齢をみかけで判断するのは実に難しい。 老けたのもいれば、若作りのもいて、50歳と70歳の間としか言いようがない。
彼らの会話は大声ではないが、店が狭いので、よく聞き取れた。 記憶を頼りに再現してみると、以下のような内容だった。
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「おまえ、無事に定年退職を迎えたっていうが、そりゃ当たり前だよ。 これまでの人生で、そもそも悪事なんて働いたことがないだろ」
「確かに、色々と反省することはあるが、悪事というようなドラマチックな行動を取ったことはないなあ」
「みんな同じような平々凡々の人生を歩んできたが、それでも多少の法律違反くらいは経験したぜ」
「例えば?」
「交通違反」、「スピード、一時停止、駐車違反」、「最近は下手すると逮捕されるから酔っ払い運転はやらないが、若いころはみんなやってたなあ」、「うん、昔のおまわりは、機動隊を除けば、おおらかだった。検問で引っかかって、『気を付けて帰れよ』って言われたことがあった」
「子どものころ、近所の駄菓子屋で万引きしたなあ」、「オレは高校時代、エロ本を万引きした」
「けんかはよくやったけど、人を殴るのは傷害罪だ」、「オレはおまえに殴られたことがある。オレが訴えたら、逮捕されて少年院入りしてたかもしれない」
「卒業式のあと、体育教師のバカをぼこぼこにしたよな」、「生意気な英語の女教師のハイヒールを靴箱からかっぱらって、ドブに捨てたこともあった。あれは窃盗罪かな?」
「大学時代は反戦デモに行って、歩道の敷石をはがして細かく割って、機動隊めがけて投げた。あれは政府転覆罪だ、なんちゃって」
「連日連夜マージャンやってたヤツは、賭博罪の常習だ」
「社会人になってからだって、いろんな法律違反をやっていなかったわけじゃない」
「そりゃそうだ、おまえなんか売春防止法違反の常習だったろ」、「まあ、常習は言い過ぎだが、違反を犯したことがないとは言わない」
「小さな業務上横領みたいなことだって、ないわけじゃない」、「会社のボールペンだのノートを家に持って帰って息子に使わせていた」、「出張経費の多少のごまかしなんかは公然の秘密だったけど、あれだって堂々たる犯罪だ」
「おまえ、人を殺したことないか? 銀行員だろ、カネを貸し渋って零細企業のオヤジを自殺に追い込んだとか」、「冗談よせよ、オレはそういう部門じゃなかった」
「東南アジアに行った帰りに、スーツケースにマンゴーを忍ばせて入国するのは検疫だとか密輸の法律に違反するんだろうなあ」
「ハノイに出張したときに空港の税関で5ドル札を握らせたら、ノーチェックで通関できた。あれは、れっきとした贈賄罪だ」
「なんだか、過去の些細な悪事を並べ立ててみると、オレたちがいかに小物だったか、よくわかるぜ」
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このあたりから、話はあらぬ方向へ発展していった。
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「これで人生が終わってしまうのは、ちょっと寂しいし、腹立たしい気がする」
「退職後の暇つぶしに、何か、でかい悪さでもしてみたいもんだ」
「しかし、オレたちは政治家でもギャングでもないしなあ」
「オレたちに何ができるか」
「どうせやるなら、義賊みたいのがいい」
「ん? 悪党や金持ちから盗んだカネを貧乏人に配るやつか?」
「ああ、ロビンフットとか鼠小僧次郎吉みたいな」
「それ、面白い。子どものころ、鼠小僧は東映の時代劇で見た。まあ、オレたちは若いころみたいに身軽じゃないが」
「それに、義賊のターゲットを選ぶのが難しそうだ」
「確かに。 昔は金持ちの資本家は労働者の敵で悪人に仕立てやすかった。 今じゃ、不況脱出を推進する英雄になりかねない」
「しかし、エキサイティングなテーマだ。 よし、日と場所を改めて、何ができるか再検討しよう」
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彼らは、ここでお開きになって、楽しそうに帰っていった。 単に語り合った夢に酔っていたのか、本気で義賊になるための具体的計画を今後立てるのか、知る由もない。 ただ、警察当局の関心を回避するため、この会話を聞いた場所、彼らの人相風体は明らかにしないでおこう。
もしかしたら、彼らは既に行動を開始しているのかもしれない。
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