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2014年2月19日水曜日

メダルなんかどうでもいい

東ティモールのゴンカルベス

ネパールのシェルパ

 2月18日朝、7時半ごろテレビのスイッチを入れた。 ソチの冬季オリンピックで日本がスキージャンプ団体で銅メダルだったらしい。 なぜかアナウンサーが歓喜の声をあげている。 確か、前日は金メダルを取れるようなことを言っていた。 だったら残念な結果なのに・・・。 しかも、伝えるのは日本のことだけ。ずっとNHKを見ていたわけではないが、昼すぎまでテレビを点けていて、金と銀のメダルをどこの国が取ったのかわからないままだった。

 夕方、読売新聞の夕刊は日本のジャンプ銅メダルが一面の大きなトップニュースだった。 だが、この記事を読んでも、1位と2位がわからない。 ページを開いて、やっとドイツの優勝が地味な扱いで掲載されているのをみつけた。

 テレビも新聞も、オリンピックで日本人が大活躍しているイメージを無理やり作っている。 金メダルを取ろうとして銅メダルに終ったなら、負けなのだ。 だから、ジャーナリズムがスポーツを報じるなら、敗因をきちんと分析しなければいけない。 「敗走」を「転進」と報じた太平洋戦争中の国家主義的伝え方を、今オリンピック報道で日本のマスコミは繰り返している。

 こんな報道ばかり連日浴びせかけられていると、絶対にメダルを取れない国と選手のオリンピック参加は、ほのぼのとした気分にさせてくれる話題だ。

 例えば、東ティモールから一人で参加したアルペンスキーのヨハン・ゴウ・ゴンカルベス。 もちろん熱帯の東ティモールに雪のあるわけがない。 この19歳の若者は、母が東ティモール人、父がフランス人でフランス生まれ。 子どものときからスキーになじんでいた。 東ティモールに行ったとき、大統領にスキー用の手袋をプレゼントした。 「きっと、東ティモールで唯一のスキー手袋だよ」と、フランスのテレビで愉快に笑いながら語っていた。

 なんと言っても注目されたのは、タイの女子アルペンスキー選手・ヴァネッサ・バナコーンだろう。 ヴァネッサ・メイの名前で世界的に知られるセクシーなヴァイオリニスト。 2006年トリノ五輪で荒川静香が金メダルを取ったときの曲が彼女の演奏だった。 女子大回転で67位という成績は、もはや良い悪いで語るのはナンセンスだ。

 ラテン・アメリカからの参加といえば、映画にもなったジャマイカのボブスレーが、あまりにも有名だが、ソチが初の冬季五輪というドミニカからは、なにやら怪しげな夫婦がクロスカントリーに出場する。 妻アンジェリーカ48歳、夫ゲイリー47歳のディシルヴェストリ夫婦。 

 妻はイタリア人、夫はアメリカ人のビジネスマン。 2006年にドミニカで子どものための病院を作るための基金を集め、その功績でドミニカの市民権を授与された。 2012年、ドミニカ政府がスキーをやるというこの夫婦に着目し、代表に選んだ。 ドミニカからの選手はこの2人だけだ。

 ネパールからクロスカントリースキーの15kmクラシカルに出場したダチーリ・シェルパは、その名の通りヒマラヤ登山に欠かせないポーター&ガイドのシェルパ族出身だ。 44歳。 ドミニカの夫婦にしてもそうだが、日本のスキージャンパー葛西の41歳に驚くことはない。 

 シェルパは登山隊のコックをしていたときに、外国人たちが彼の有能さに感心し、ガイド資格を取るための資金援助をした。 トレイル・ラン、ウルトラマラソンでは国際レベルの選手として活躍している。 冬季五輪は、ソチが3回目。 見事86位で完走した。

 メダルから目を離そうではないか。 話題の宝庫に飛び込める。 そこには、世界中の雑多な人間が集まるオリンピックの本物の面白さがある。    

2014年1月16日木曜日

”黒い未亡人”は登場するか


 ソチ冬季五輪の幕開けが迫るにつれ、日本のスポーツ・メディアはお得意の期待願望キャンペーンで、日本選手メダル獲得の夢をお祭り騒ぎのように煽っている。 だが、浮かれてばかりではいられない大会でもある。 真っ白な雪のゲレンデや氷のリンクが真っ赤な血に染まらないという保証がないからだ。 この大会には、能天気にスポーツ祭典を楽しめない重苦しさがのしかかっている。 テロの恐怖だ。

 ソチ五輪を悲劇の舞台と化す恐れのあるテロリストを拡大再生産しているのは、まさしく、主催国ロシアそのものだ。 ソチが位置するカフカス地方は、黒海とカスピ海に挟まれ複雑な歴史に翻弄されてきた土地だ。 民族的、宗教的にも入り組んでいる。 ソ連崩壊後、イスラム教徒のチェチェン人たちは独立国家を樹立しようと立ち上がった。 だが、ソ連を引き継いだロシアは圧倒的軍事力で独立運動を潰した。 1999年以来、60,000人のチェチェン人がロシア軍によって殺されたとされる。

 武力と政治的弾圧によって、抵抗するチェチェン人たちは地下に潜り、テロ活動に向かうしかなかった。 その中で、特筆すべき傾向は、女のテロリストの数が非常に多いことだ。 彼女たちは「黒い未亡人」と呼ばれ、恐れられている。

 欧米メディアの報道から、「黒い未亡人」の関わったとされるテロ事件に関する記事をピックアップしてみた。

 「黒い未亡人」として最初に知られたのは、カーワ・バライェワという女だ。 彼女は2000年6月、チェチェンのロシア軍特殊部隊基地に爆発物を満載したトラックを運転して突入して自爆、27人を殺害した。

 第2の「黒い未亡人」は、2001年11月のエルザ・ガズイェワだ。 チェチェンのウルス・マルタンのロシア軍司令官に「私を覚えているか」と話しかけ、爆弾を破裂させた。 この司令官は、以前に、彼女の目の前で夫を殺害していたという。

 2002年10月23日のモスクワ劇場占拠事件は、あまりにも有名だ。 42人の武装勢力が、モスクワ中心部にある劇場ドブロフカ・ミュージアムで観客922名を人質に取り、第2次チェチェン紛争により進駐してきたロシア軍のチェチェン共和国からの撤退を要求した。これが受け入れられない場合は人質を殺害、自分達も爆弾を使って劇場ごと自爆すると警告した。3日後の26日ロシア連邦保安庁(FSB)の特殊部隊が突入。その際、犯人を無力化するためにKOLOKOL-1と呼ばれる非致死性兵器ガスを使用。劇場内にいた大半はこのガスによって数秒で昏倒し、異変に気付いて対処しようとした武装グループの何人かと特殊部隊との間で銃撃戦が発生した。 だが、短時間で制圧され、武装勢力側は全員射殺された。 あとで判明したのは、このうち19人ものメンバーが「黒い未亡人」だったことだ。

 2003年5月には、チェチェンの首都グロズヌイ郊外の村で行われたイスラム教祭典の人混みの中で、「黒い未亡人」が、のちにロシア政府任命チェチェン大統領となるアフマド・カディロフを暗殺しようと自爆、16人が死亡、150人が負傷した。(カディロフは1年後に暗殺された)

 2003年6月5日、北オセチアで、ロシア空軍パイロットの乗ったバスを女が爆破、21人が死亡、14人が負傷した。

 2003年7月5日、モスクワの飛行場で行われたロック・コンサートで2人の自爆攻撃で16人が死亡、6人が負傷した。

 2003年12月、ロシア南部カフカス地方のイェセンツキで、発車したばかりの列車の中で男女2人が自爆し、46人が死亡、100人が負傷した。

 2004年8月24日、ロシア南部ロストウとトゥーラで起きた2機の旅客機墜落で計90人が死亡した。2機ともモスクワ発で、ソチ行きとヴォルゴグラード行き、両機には、それぞれ出発直前に航空券を買って乗ったチェチェン人の女がおり、この2人が爆発物を持ち込み爆破したとみられている。

 ベスラン学校占拠事件も世界的に大きく報道された。 2004年9月1日から9月3日にかけてロシアの北オセチア共和国ベスラン市のベスラン第一中等学校が、チェチェン独立派を中心とする多国籍の武装集団(約30人)によって占拠され、7歳から18歳の少年少女とその保護者、1181人が人質となった。3日間の膠着状態ののち、9月3日に犯人グループと治安部隊の銃撃戦になり、治安部隊が建物を制圧し事件は終了した。 だが、子ども186人を含む386人以上が死亡した。この犯行グループにも「黒い未亡人」とされる2人の女が含まれていた。

 2010年3月29日モスクワの2つの地下鉄駅で起きた爆破事件で40人近くが死亡、100人が負傷した。 当局は黒い未亡人が関わったとみている。 犯人の1人は、3か月前ロシア軍に夫を殺された30歳の女で、チェチェンと接するダゲスタン出身だった。

 2011年1月24日にモスクワのドモジェドボ空港で起きた爆弾テロで35人が死亡、180人が負傷した。この犯行には少なくとも「黒い未亡人」1人が関わったとされる。

 2012年3月7日、ダゲスタンの首都マハチカラ南の村で、1か月前に夫を殺害された女が自爆、警察官5人が死亡した。

 ソチ五輪が近付いても爆弾テロが止む気配はない。2013年5月25日ダゲスタンで、夫を殺された女が自爆、18人が負傷した。 10月21日には、イスラム勢力によるテロがたびたび起きているロシア南部ヴォルゴグラードで、40人が乗ったバスの中で女が自爆、6人が死亡した。

 年末には、テロリストの性別は判明していないが、ヴォルゴグラードで2日連続の爆弾テロが発生した。12月29日、ヴォルゴグラードの鉄道駅で起きた自爆テロで、17人が死亡した。30日には、中心部の路上で、走行中の満員のトロリーバスが爆発した。 少なくとも乗客ら14人が死亡、約40人がけがをした。

 ソチ五輪の成功に権力者としての自分の威信を賭けている首相プーチンは間違いなく神経をいらだたせている。

 一連のテロで大きな役割を演じている「黒い未亡人」とは、いかなる組織なのだろうか。

 いや、実は、組織なのかどうかもわかっていないらしい。 多くの「黒い未亡人」は、ロシア人との戦闘や拷問で夫や兄弟などの近親者を殺された女で、チェチェン武装組織にリクルートされたという。  幼いときに人身売買で売り飛ばされた子どもたちが含まれるという見方もある。

 彼女たちは、組織の中で自爆テロの訓練を受けるのであろうが、からだに巻き付けた爆弾を別の者がリモート・コントロールで爆破するケースもあり、こういうケースの場合は訓練すら必要ないという指摘もある。

 「黒い未亡人」たちがどのような経緯を辿って、そこに至ったにせよ、不幸を背負ってきたのは疑いようがない。 その不幸が終わる気配はなく、テロリストは再生産されていく。 優美なスポーツの祭典とはあまりに落差の大きいロシアの現実だ。