2009年7月15日水曜日

灰色の狼


 イスタンブール中心の繁華街、古びたビルの暗い階段を昇り、ドアをノックすると、鋭い目つきの男たちが顔を出した。獰猛さを漂わせ、到底まともな人間には見えない。こういう連中に囲まれるのは、決して気持ちの良いものではない。

 そこは「灰色の狼」と呼ばれる組織の事務所だった。

 トルコの極右政党「民族主義者行動党」、通称MHP(”メーヘーペー”と発音する)の下部組織で、左翼や少数民族クルド人組織への過激な暴力的行動で知られている。権力者の手先となり、秘かな殺人にも関わるとされる。1981年に起きたローマ教皇暗殺未遂事件の犯人メフメト・アリ・アジャもメンバーだった。観光立国としては、外国人にあまり知られたくないトルコの暗部だ。

 MHPは、1997年に死去したカリスマ的指導者アルパルスラン・テュルケシの下で党勢を伸ばした。国会では小政党にとどまっているものの、その民族主義的主張は、トルコ人の心に訴えるものがある。

 トルコ人のルーツは、バイカル湖から西シベリアとモンゴルに跨るアルタイ山脈に至る一帯の遊牧民族とされる。古代中国では「突厥(とっけつ)」と呼ばれ、常に北方からの脅威であった。(突厥はトルコ語のトルコ人「テュルク」の漢字表記とされる)

 この民族は、中央アジアをはじめユーラシア大陸の各地へと大移動し、その流れのひとつが現在のトルコまで辿りついた。

 伝説によれば、トルコへ向かう集団が道に迷ったとき、どこからともなく「灰色の狼」が現れ、行くべき方向へ無事に案内をしてくれた。

 「灰色の狼」は、トルコ人の民族ロマンに欠くことのできない存在なのだ。現代トルコ建国の父ケマル・アタチュルクも「灰色の狼」と呼ばれていた。

 トルコ人は一般的に、強い民族・国家意識を持っている。例えば、サッカーの国際親善試合があれば、スタジアム周辺では大きなトルコ国旗が飛ぶように売れる。そういうトルコ人にとって、思想的に極右でなくとも、「灰色の狼」伝説には琴線に触れるものがある。

 その心情を政治的に表現すると、MHPが主張する「大トルコ主義」「汎トルコ主義」となる。トルコ系、トルコ語系民族の大同団結だ。

 つまり、灰色の狼が案内してくれた道を逆戻りして、大昔ちりじりに分かれた仲間を糾合しようというものだ。具体的には、ソ連崩壊後に独立した国々、アゼルバイジャン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、キルギス、カザフスタンとのトルコ連合ということになる。

 さらに、この連合には、東トルキスタンと呼ばれることもあるトルコ系民族ウイグル人が住む中国の新疆ウイグル自治区も含まれる。

 MHPの主張は、国際政治の現実からすれば荒唐無稽な夢想であろう。それでも、多くのトルコ人にとって、この夢想には気持ちをかき立てさせる何かがある。

 中国当局の新疆ウイグル自治区での民族弾圧に対し、トルコが過敏に反応した。首相のエルドアンは「大虐殺」とまで表現し、イスタンブールでは反中国デモが発生した。これは、まさしくトルコ人意識の発露だ。

 この事態に、世界はちょっと驚き、戸惑った。おそらく、トルコと新疆の地理的な遠さにもかかわらず、精神的には非常に近いということに気付かなかったからだろう。そして、世界史と世界地図の別の読み方を多少は教えられたようだ。

 それにしても、トルコ人がウイグル人にどれだけ同情しようと、ウイグル人が直面する現実を変えるのは絶望的だ。

 新疆ウイグル自治区と接するカザフスタンとキルギスは、同じトルコ系にもかかわらず、ウイグル人の反政府活動抑制を目的のひとつとする中国との準軍事同盟「上海協力機構」に加盟している。

 トルコ人の視点からすると、ウイグルは兄弟たちに裏切られて完全包囲され、身動きひとつできないのだ。

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