2009年8月7日金曜日

とりあえずビール


 「『とりあえずビール』という言葉は、弊社から発信したものではございませんので、残念ながら私どもではわかりかねます」


 「『とりあえずビール』に関しまして、弊社では、残念ながら知見を持ち合わせておりません。折角お問い合わせをいただきましたのに、お役に立てず申し訳ございません」


 「一般的にビールの泡のもとになります炭酸ガスは、消化促進作用があり、胃腸の働きを活発にし、胃酸の分泌を促すものではございますので、はじめにお召しあがりいただく飲み物としてお選びいただくお客様が多くいらっしゃることも考えられますが、弊社で意図的に作った言葉ではございません。したがいまして、誠に恐れ入りますが弊社ではわかりかねます」


 「お調べを致しましたが、あいにく資料が無く分かりませんでした。おそらく、戦後、ビールが贅沢品から一般的なお酒として親しまれるにつれて発生した習慣と考えられます。ご期待にそうお答が出来ずに申し訳ございません」

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 酔っ払ったときの愚にもつかない会話で、「とりあえずビール」という習慣が話題にのぼった。飲み会の顔ぶれが揃うと、誰かが「とりあえずビールでいいかな?」と全員に声をかける。このことだ。

 飲み屋によっては、「お得な『とりあえずビールセット』」なんてメニューがあって、中ナマと枝豆と何かがセットになっている。

 で、話題とは、この習慣の起源はなんだ、いつから始まったのだ、俺は最初から焼酎だから関係ねえ、だいたい押し付けがましいのが気に入らねえ、云々。

 おそらく日本だけの習慣だろうが、日本全国、津々浦々、あらゆる酒場で連日連夜、男たちや女たちが「とりあえずビール」から始まる悲喜こもごものドラマを展開している。

 われわれ4人は、最初からチューハイ、冷酒、芋焼酎のロック、芋焼酎のお湯割りとばらばらで、そもそも、みんな一緒はいやだというひねくれ者揃いだから、「とりあえずビール」など他人事でしかない。とはいえ、この習慣の事始めがわからないのは、落ち着かない。

 そういうわけで、そんなことは俺が調べてやると、日本の主要ビール会社にメールで問い合わせてみた。冒頭に紹介したのが、その答えである。どの社も、問い合わせの答えをもらう条件に、一部または全部の引用をしないこととしている。したがって、ここでは回答の会社名は挙げていない。

 だが、ご覧のように、どの社の回答にも引用すべき中身はかけらもない。「そんなこと考えたこともないし、調べたこともないし、関心もない」というのを勿体ぶって遠回しに説明しただけだ。

 「弊社から発信したものではございませんので」、「弊社で意図的に作った言葉ではございません」という「わからない理由」説明には、なにか責任逃れの臭いまで感じさせるが、なぜだろう。担当者は消費者の方を向かず、上司の顔色を窺うのに汲々としているのかもしれない。

 ただ、おかげで、文化への関心が欠如した日本のビール会社の知性は透けて見えた。このレベルからすると、「Guinness」というビール会社は本当にすごい。まあ、日本のビールの味も悪くはないんだが…。

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