2010年9月14日火曜日

平和すぎる八丈島


 澄んだ青い空と熱帯樹林の濃い緑。 その光景は東南アジアのどこかなのだ。 だが、人々は皆、日本語を話し、その上、道路を走るクルマのナンバープレートは「品川」ばかり。 ここは、一体どこなのだ? そういえば、空港ではパスポート・チェックも税関もなかった。

 羽田空港からANAのフライトでわずか50分、喧騒の東京の一部とは思えない別世界・八丈島の第一印象。

 伝説の女護が島。 女しか住まず、彼女たちは外部世界から訪れた男たちを夢み心地にさせる歓待をしたという。

 今も平和の島であることに変わりはないようだ。

 泊まった民宿でクルマを借りた。 宿のオヤジさんは言った。 「駐車するときは、暑いからクルマの窓は閉めなくていい。 鍵もつけっぱなしでいい。 泥棒なんて、この島にはいないから」
 だから、島に滞在していた5日間、言われたとおり、ずっとそうしていたが、何も起きなかった。(おかげで、東京(騒がしい23区の方の)に戻ってから、しばらくの間、クルマをロックするのにひどく煩わしさを感じた)
 こんなところに警察などが果たして必要なのだろうか。 島の中心、三根地区には八丈島警察署の立派な建物がある。 島の各所には、真新しくて小奇麗な駐在所が設けられている(”駐在さん”の姿は5日間に1度も見なかったが)。
 彼らは毎日、何をして過ごしているのだろうか。
 島の人たちにきくと、「何してるんですかねえ」と言って、ニヤニヤ笑う。 彼らにも、ある種のミステリーであるらしい。 だが、いくつかの答えはあった。
 「酔っ払い運転の検問は、夜ではなく早朝にやる。 二日酔いを捕まえるんだ」
 「警察の取り締まりは、酔っ払いを除けば、シートベルト着用くらいかな」
 「警察官の転勤時期のあと1,2か月は新任が張り切って、取り締まりが厳しいよ」

 二日酔いとシートベルトの取り締まりだけでは、警察の存在意義を認めるわけにはいかない。
 なにしろ、人口8200人の八丈島で、年間(2009年)の人身交通事故はわずか10件(八丈島警察署ホームページ)。 比較のために人口1000人当たりの年間発生率に換算すると、1.19件。 ちなみに警視庁警察署索引でたまたま隣りに並んでいる八王子警察署管内では7.9件。 八丈島は、その7分の1。
 八丈島にクルマ泥棒がいないわけではない。 だが、昨年1年間で3件。 これも八王子と1000人当たりの発生率で比べると、7.9対0.36. わずか22分の1。 威張ることもないが、車上狙いだって、ちゃんと存在する。 だが、昨年はたった2件。
 車上狙い2件という数字は、限りなくゼロに近い。 統計的意味があるとは思えないが、八丈島警察署ホームページは、「車上狙い施錠別割合」として「施錠なし100%」という”統計数字”を掲載し、さらに、熱心な仕事ぶりを強調するがごとく、「鍵かけロック運動推進中」とうたっている。 冗談だろ、たかだか2件のために。
 交通事故にしても犯罪にしても、発生数が絶対的に少ないのだ。 まさか、警察も含め誰だって、安全が警察の努力のおかげとは思っていないだろう。 クルマで1周2時間ほどの島で、悪いことなどやる余地はないし、離島から逃げ出すリスクを考えれば犯罪者には割が合わない。
 平和すぎる島の警察官は可哀そうだ。 犯罪者を捕まえるのが仕事なのに、犯罪者がいないのだから。 魚のいない池で釣りをしているようなものだ。
 とはいえ、仕事のない警察官に給料を払い続けることが税金の無駄使いだと決め付けるのは難しい。 いつか何かとんでもないことが起きる可能性は誰も否定することができない。 そのための保険と考えることはできる。 
 ただ、問題は危険発生の確率だ。 掛け捨ての保険は安全を担保できても高くつく。 
 残念ながら、八丈島で警察は自分たちの役割を住民たちに十分納得してもらっていないように思える。  

 もっとも、警察自体がそんな努力をしたことはないだろう。 人のいるところ犯罪あり、犯罪のあるところ警察あり、という性悪説を基盤とする組織なのだから。

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