2015年11月24日火曜日
政治家アウン・サン・スー・チーとは?
ミャンマーの民主化運動リーダー、アウン・サン・スー・チー率いる野党NLD(国民民主連合)が総選挙で地滑り的大勝を収めた。 長く軍事政権の下で政治的自由が押さえつけられていたミャンマーでは、独立以来の歴史に残る出来事だ。
この選挙結果が公表されたあと、11月20日、日本外務省は「外務大臣談話」を発表した。
「岸田外務大臣は,20日,ミャンマー連邦共和国で8日に行われた2011年の民政移管後初めての総選挙に関して,総選挙が概ね自由かつ公正に実施されたことを歓迎し,ミャンマーにおける民主化進展に向けた重要な一歩として祝福する談話を発出しました。
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日本国政府は,ミャンマーの更なる発展と繁栄に向けた取組を引き続き支援し,ミャンマーとの伝統的友好・協力関係を更に発展させていく考えです。」
スー・チーが、この談話をどう受け取ったか、非常に興味あるところだ。
1989年、国民の民主化要求の声が高まる中、軍事政権は危機感を抱き、スー・チーを自宅軟禁し、翌90年には総選挙でNLDが圧勝した結果を無視して軍政を継続した。 スー・チーは2010年まで断続的に解放されることはあったものの、20年以上拘された。
この間、欧米諸国は経済制裁などで軍事政権を国際的に孤立させ、民主主義の確立を迫った。 スー・チーも、軍事政権が解放の条件としたミャンマーからの出国などを拒否し、民主化実現への断固たる姿勢を維持した。
スー・チーの毅然たる態度、それを支える西欧諸国による経済制裁の継続によって、ミャンマー経済は疲弊し、追い詰められた軍事政権は2010年のスー・チー解放に続き、2013年には、ついに大幅な民主化に踏み出した。
ここに至るまでの日本政府の「ミャンマーの更なる発展と繁栄に向けた取組」への支援とは、欧米諸国の軍事政権との敵対、孤立化政策とはまったく異なる。 軍事政権への経済援助を含む友好的関係の維持だった。
日本外務省によれば、欧米とは異なる”独自の外交”で軍事政権を説得し、軟化を促すというものだ。 当時、外務省関係者は、だからスー・チーも頑固な態度を続けないで、少しは妥協してほしいと言っていたものだ。
結局、日本の「独自外交」なるものは意味を成さず、軍事政権は欧米の経済制裁に屈服して民主化に踏み切った。
スー・チーは、軍事政権と良好な関係を維持した日本に良い感情を持っているわけがない。 日本政府が「ミャンマーとの伝統的友好・協力関係」と言うとき、明らかに、彼女の感情は屈折している。
それでは、今後間違いなく大きな政治的影響力を持つことになるスー・チーが、日本と距離を置く立場をとるかというと、これがよくわからない。
解放されたあとのスー・チーからは、単なる理想主義者から現実政治を学んだ指導者へと変身した節がうかがえたからだ。
現在のミャンマーの政治状況は、民主化がかなり進行したものの、軍の政治的存在は依然として大きく、選挙結果を無視してクーデターを起こす可能性も完全否定できないというところだ。 NLDは圧勝したが、国を運営する行政手腕は、明らかに未熟で、軍事政権の実務者を利用せざるをえないであろう。 当面は、軍との対立は避けていくだろう。 また、最貧国から脱するため、今後の経済発展には西側諸国からの支援に期待せざるをえない。 中でも日本からの援助、民間投資は欠かせない。
スー・チーは賢く、したたかな女だ。 軟禁中の頑固さも、あるいは、戦略だったかもしれない。 そして今、現実政治への対応という新たな戦略・戦術を始動させている。
もしかしたら、彼女は、計算能力の高い冷徹な現実主義者に化けつつある。 それを感じさせたのは、軍事政権に弾圧されてきたイスラム教徒の少数民族ロヒンギャの問題に敢えて触れない態度を取り続けていることだ。 人権擁護者であるはずのスー・チーがロヒンギャ問題を無視するのは、総選挙で多数派の仏教徒からの得票を固めようとする計算だったという見方は、おそらく正しい。
スー・チーは、今年6月には、軍事政権と緊密な関係を持ち、支えてきた中国を訪問した。 確実に新たな指導者になるであろうスー・チーとの関係を構築しようとする中国の外交攻勢に答えたのだ。 中国は、軍事政権のパトロンとはいえ、地政学的に、ミャンマーは中国と安定した関係を維持しなければならない。 彼女は、その現実も受け入れた。
そうであれば、中国と比べれば、日本の軍事政権との関係など目くじらを立てるほどのことではない、と彼女は自分に言い聞かせたかもしれない。 いや、きっと、そうに違いない。
現ミャンマー憲法では、外国人の親族がいては大統領になれない。 この条項は、スー・チーを対象に軍が作り上げたものだ。 彼女は、この憲法の改正を目指しているが、最近、現憲法下でも大統領以上の存在になると発言し、最高権力獲得への強い願望を示した。
この女はどこまで化けるのか。 今、多くの人がそこに注目している。 すでに、新たな独裁者誕生への道が始まったのではないか、という疑念がミャンマー内外で少しずつ広がっている。
早くも、新しいドラマの幕が切って落とされたのだ。
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