2009年6月11日木曜日

楽園パラオのテロリスト














 トルコのイスタンブールで、東トルキスタン独立運動の指導者たちと会ったことがある。

 東トルキスタンとは、中国の新疆ウイグル自治区のことである。住民の多数は中央アジアと同じトルコ系のイスラム教徒で、トルコ語を話すウイグル人だ。長年にわたり、中国の支配と迫害の下で生きている。トルキスタンとは「トルコ人の国」という意味で、トルコは地理的には遠いが民族的には近い国だ。だから、イスタンブールにウイグル人の抵抗組織が拠点を置いているのは不思議でもなんでもない。

 彼らが語る中国共産党による迫害を如実に示したのは、どうやって撮影したのかは不明だが、何枚もの集団処刑の写真だった。杭に後ろ手に縛られ、ずらりと並ぶ男たちが中国軍兵士の一斉射撃を受けていた。ここには、まともな裁判などはない。抵抗分子とみなされれば殺されるのだ。

 こういう過酷な政治状況下では、激しい行動に出る者が生まれる。多くの若者たちが急進イスラム運動家の訓練場となっていたアフガニスタンへ向かった。

 だが、2001年の9・11事件は、彼らを、想像をはるかに超えた長い旅路に就かせることになった。

 アル・カーイダが本拠地とするアフガニスタンに米軍は総攻撃を仕掛け、捕虜にした”テロリスト”を遠く離れたカリブ海に送った。キューバからの租借地グアンタナモにある米海軍基地の収容所である。

 その中には、様々な国籍に混じって、22人のウイグル人も含まれていた。彼らは、故郷からアフガニスタンへは陸路をたどったはずだ。そして、グアンタナモへは、おそらく、生まれて初めて飛行機で空を飛び、着陸するときは、やはり生まれて初めて、海を見たはずだ。

 アフガニスタンのキャンプで訓練を受けていただけで、戦士としてまだ育っていなかった彼らは、4年後には釈放されることになった。だが、彼らはグアンタナモから離れようとしなかった。収容所から出ると、中国当局に身柄を拘束され、処刑されるのが怖かったからだ。

 それから、さらに4年。残酷な拷問を認めるグアンタナモ収容所は非人道的であり、閉鎖すべきだと主張するバラク・オバマが米国大統領になった。

 オバマの主張を実現するには、収容者の移転先を確保する必要がある。こうして、22人のウイグル人は収容所より怖いシャバに出ざるをえなくなった。

 ところが、当人たちの意志はどうであれ、事は簡単には運ばなかった。いったん「テロリスト」のレッテルを貼られた人物を米国を含め、どこの国も治安上の理由で引き取りたがらなかったからだ。さらに、反政府運動に関わったウイグル人を匿って、大国・中国と煩わしい外交問題を起こしたくもなかった。

 それでも、アルバニアが5人に限定して引き受けてくれたが、それ以上は固辞した。
米国政府のことだから、あちこちの国を脅したり、すかして、残り17人を受け取らそうとしたに違いない。

 そうこうするうちに、受け入れの名乗りをあげたのは、太平洋の小さな島国パラオだった。
ジョンソン・トリビオン大統領が6月10日、正式に米国政府へ伝達したという。

 かつては日本の占領地だったが、今は美しい海のダイビングが世界的に知られている平和なアイランド・リゾート。グアンタナモの”テロリスト”と”南国の楽園”のなんとも唐突な関わり。一体なぜ?

 常識的には、自由連合協定と経済援助で米国に縛られ、何も言えないパラオは米国の要求を受けざるをえなかったという見方に落ち着くと思う。

 だが、縁もゆかりもないのに、行き場がないウイグルの若者たちを、「人道的」に受け入れるという大統領の言葉は信じたくなる。

 この島国には、そういう歴史があるからだ。

 1783年、英国の商船アンテロープ号がパラオで座礁し動けなくなった。乗組員たちは海図になかった島で、恐る恐る初めて会ったパラオ人に手厚くもてなされ、命を救われた。そればかりでなく、帰国のための新たな船を建造するまで、十分な歓待を受けた。これがパラオと西欧の初めての出会いとされる。

 ウイグル人受け入れに、漂流民を助けるというパラオの伝統を感じてしまう。

 アンテロープ号の遭難には続編がある。船長はじめ乗組員が帰国するとき、パラオ国王の若い王子リーボーがヨーロッパを見たいと言いだし、帰国船に加わることになった。当時20歳のリーボーは島を離れ、はるかかなたの外部世界ヨーロッパを見た最初のパラオ人になった。

 ロンドンで生活を始めたリーボーは、持って生まれた好奇心で貪欲に西欧人とその生活を観察したとされる。だが、わずか6か月で天然痘に罹り、かの地で死去した。

 当時、ずいぶん話題になった人物のようで、英国人にも愛され、肖像画や記録が大英博物館に残っている。

 17人のウイグル人たちは、意志にかかわりなく、見ず知らずの遠い世界へ運ばれていく。行き着く先がパラオなら、彼らは、リーボーの生まれ変わりなのかもしれない。

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