2009年6月4日木曜日

時空ミサイル


 「Real life at the White House」(Claire Whitcom著)によると、第2次世界大戦が始まると、ときの米国大統領ルーズベルトの身辺警護も厳重さを増した。だが、ホワイトハウスのホールで、ルーズベルトが家族といっしょに映画を見ていたとき、珍事が発生した。

 映画が終わって、ホールのライトを点けたら、ルーズベルトのすぐ横に、まったく見ず知らずの若い男が立っていて、大統領にサインを求めた。ルーズベルトは唖然としたまま、申し出を受けてサインをしてしまったという。

 幸い、悪意のない侵入で事なきをえたが、当時は、世界の最重要人物の警護といえども、この程度だったらしい。

 現代と比べれば、のどかな時代だった。ルーズベルトの次の大統領トルーマンは、第2次大戦後の東西対立、冷戦のいわば宣戦布告にあたる「トルーマン・ドクトリン」を発したことで知られる。このトルーマンは、ホワイトハウスと米国議会を結ぶワシントンDCのメイン・ストリート「ペンシルヴェニア・アヴェニュー」の雑踏をのんびりと散歩していたそうだ。

 ルーズベルトの2代前のクーリッジという大統領は、なんとポトマック川で水泳をしていたというではないか。

 古き良き時代は、とっくに終わった。現在の大統領執務室の窓ガラスは、アルミニウム加工が施された強化ガラスだが、それは防弾というだけではない。ゴルゴ13のようなスナイパーが外から正確に狙っても、偏光作用で大統領の姿は実際よりも50センチずれて見えるそうだ。(もっとも、われらのゴルゴなら完璧な仕事をこなすに違いない!)

 そして、ホワイトハウスの屋上には、あのスティンガーを常備した要員まで潜んでいるという。

 これは、やはり、歴史の皮肉であろう。

 「スティンガー」は、肩に担げる軽量の携行式地対空ミサイルで、射程距離は4キロ程度だが、歩兵が持ち運びできる武器としては画期的だ。発射されたミサイルは、標的である航空機の発する熱を感知して追尾し撃墜する。

 スティンガーが名を馳せたのは、何と言っても1980年代前半、ソ連軍が侵攻したアフガニスタンの戦場だ。

 アフガン人、それに同じイスラム教徒として応援に駆けつけたアラブ人らは聖戦の戦士―ムジャヒディンとなって、ソ連軍に勇敢に立ち向かった。称賛に値する勇気ではあったが、ソ連軍のMi戦闘ヘリの敵ではなかった。

 その状況を眺めていたCIAがムジャヒディンたちに供与したのがスティンガーだった。その威力は戦況を一変させた。ソ連軍は空からの攻撃を封じられ、戦闘は硬直状態に陥った。アフガニスタンは明らかに「ソ連のベトナム」となった。勝てない戦争への莫大な財政支出は、ついには、ソ連崩壊の要因にもなった。

 スティンガーの威力は、ソ連を潰しただけではなかった。戦争の鬼っ子ムジャヒディンたちを得体の知れないモンスターに育て上げた。その中には、かのオサマ・ビン・ラーディンもいた。

 彼らは、やがて、アフガニスタンで共闘した米国に牙を剥いた。

 そして、9・11.

 今、空を睨むホワイトハウス屋上のスティンガーは時空を越え、自分が産み落とした子ども達を標的にしているのだ。

0 件のコメント: