イアン・フレミングの007シリーズを全部読んだわけではないが、イギリスの秘密諜報員ジェームズ・ボンドが食べる料理で登場するのは、記憶にあるかぎり、朝食のベーコン&エッグだけだったと思う。 確か、カリカリに炒めたベーコンの味の良さを、ジェームズが事細かく説明し、礼賛するのだ。
全体のストーリー展開からすると、たかだか朝食のベーコンに関する、詳細すぎる記述はバランスを欠く。 本筋とは関係のないディテールでもある。 だが、おそらく、この感想は外国人だから抱くものであろう。 イギリス人読者には大サービスなのだと思う。
イギリスの食事は、朝食を除けば、ほとんど見るべきものはない。 ただ、ボリュームのある朝食だけはイギリス料理を馬鹿にする外国人も評価する。 自国の料理を自虐的にけなすイギリス人が自慢できるのは朝食くらいしかない。 イアン・フレミングは褒めようのないイギリス料理を小説家らしいシニカルさで褒めてみたのだ。
言い古されたジョーク。 「世界で一番みじめな男とは?」「日本の家に住み、中国の給料を貰い、アメリカ女を妻にし、イギリスの食事をとるヤツさ」
かつて大英帝国は世界を支配し、イギリス人は各地に足跡を残したが、イギリス料理は痕跡すら見あたらない。 ローストビーフとフィッシュ&チップスはイギリス発祥というが、単純な料理だから似たような料理は世界中に存在していたであろう。
イギリス人の偉大さは、むしろ、自らの食文化を持たなかったことだと思う。 食事に拘らなかったからこそ、見知らぬ土地へ臆せず入りこむことができた。 そして、自国の食事のまずさを自覚していた彼らは、冷酷な侵略者でありながら、他国の食文化には実に寛大であった。
イギリスの食事がまずいというのは、実は、半面の真実でしかない。 ロンドンの中国料理レストランの味は、パリのレストランより、はるかに上だ。インド、アラブ、タイ、ベトナムなど各国料理も、かなりのハイレベルにランクされる。
フランス人が見下しているイギリスは、フランスばかりでなく世界のワインの最大の輸入国でもある。 ワインを飲むということは食事を楽しむということだ。 つまり、イギリス人は食事を楽しんでいる!!
イギリス人を馬鹿にするのはやめよう。 明治以来の日本は、あらゆる知識、情報を西欧経由で輸入した。 インドのカレーだって、イギリスでアレンジされたものが日本に伝わった。 他国の食文化を丸呑みするイギリスがなかったら、日本の国民食カレーライスも、そこから派生したカレーパンも、この世に存在しなかったにちがいない。
要するに、イギリスの食文化は貧弱だったゆえに偉大なのだ。
(唐突に、イギリスの食文化などをテーマにしたのは、先週、読売新聞のコラムが取り上げていたのを読み、何か補足してみたくなったからだ)
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