2010年11月29日月曜日

ベトナムもすごかった


 中国・広州の第16回アジア大会で、福島千里が陸上女子100mと200mの2冠を達成した。 中国、韓国の後塵を拝するばかりの日本選手の中で、見事な活躍ぶりであった。

 あの二つのレースを伝える日本のテレビは福島だけに注目し、他国の選手は無視するも同然の国粋主義報道に徹していた。

 それでも、2位、3位の選手の名前はともかく国名くらいは、なんとか画面を見ながら把握することができた。 それで、ちょっとした驚きは、同じベトナムの選手が100mで3位、200mで2位に入っていたことだ。 福島同様、一人で二つのメダルを獲得したのだ。

 ベトナム人は貧しく痩せていて、一流アスリートのイメージとはかけ離れていた。 そんな先入観念が、ぽろっと壊れてしまった。

 ウェブで探索してみると、その選手の名は、Vu Thi Huong。 国際陸上競技連盟の選手名鑑によると、24歳、身長165cm、体重51kg。 ベスト記録は、100m11.34秒、200m23.30秒。 世界レベルには届かないが、アジアではトップ・クラスのスプリンターだった。 当然、ベトナムでは超有名なヒロインだった。

 実際、2008年の北京五輪100m1次予選では、福島と同じ組で走り、福島より上の3位で2次予選に進んだ。 今回のアジア大会の両レースでも、福島のライバル高橋萌木子には勝っていた。 200m決勝で、ゴール前にトップの福島に背後からせまって、ひやりとさせたのがHuongだ。

 彼女のようなベトナム女性は、経済発展で変貌するベトナムを象徴しているのかもしれない。 そういえば、Huongが生まれた1986年はベトナム共産党が改革政策ドイモイを開始した年だ。

 活躍したベトナム選手は他にもいた。 女子の中距離800m、1500m両種目でも、Truong Thah Hangが2位に入り、二つの銀メダルを獲得した。 男子10種競技ではVu Van Huyenが銅メダル、女子空手の組み手55kg級では、Le Bich Phuongが、優勝候補、日本の小林実希を破って堂々の金メダルに輝いた。

 欧米人崇拝、アジア人蔑視=近代化の歴史を作ってきた日本人は、今でこそ口に出しては言わないが、アジア大会で「中国や韓国ごときに」負けて、プライドをいたく傷つけられた。 それでも、メダル獲得競争ではなんとか韓国くらいは抜きかえしたいと思っている。

 だが、前ばかり見ていていいのだろうか。 日本人が中国、韓国よりも見下していた東南アジアをはじめとする他の諸国も、じわりじわりと日本に近付いているのではないか。 経済発展と同様に。

 アオザイ姿の優雅なベトナム女性にみとれていると、200mで福島を脅かしたHuongが秘めていたような強靭さの存在を見落としてしまう。

2010年11月22日月曜日

スー・チーは解放されたが...


 公園の広場を腕力の強いガキ大将グループがいつも占領して野球をやっている。 ほかの子どもたちには広場を絶対に譲らず、自分たちが土地の所有者みたいな顔をしている。 ガキ大将は言う。 「オレたちが広場を隣町の連中から守っているから、この公園では騒ぎが起きないんだ」。

 トルコ軍は、建国の父アタチュルクが基礎を作った西欧型近代国家の守護者を自任し、歴史上何回かクーデターを起こして政治に直接介入した。 

 タイの伝統的特権階級は、成り上がりの企業家・政治家タクシンの政権を倒し、国外へ追い出した。

 82歳にもなってエジプト大統領ムバラクは、まだ引退せず、来年の大統領選挙に出馬し6期目を目指す。 この独裁者への最大の脅威である政権批判集団「ムスリム同胞団」の政治活動を抑え続けているから、当選に不安はまったくない。

 イランのイスラム教シーア派聖職者たちは、革命を実現したアヤトラ・ホメイニというカリスマ指導者亡きあと、知識と指導力にかなり疑問のあるアリ・ハメネイを次の最高指導者に選出し、イスラム国家体制の名目を保った。 これによって、聖職者たちは単なる政治家に成り下がった。

 北朝鮮の金正日は、飢餓に苦しむ国民に目もくれず、父親から息子へと3代にわたる王朝を築きつつある。

 ビルマの軍事政権は、1990年の総選挙で圧勝したアウン・サン・スー・チーが指導する政党・国民民主同盟(NLD)の政権掌握を阻み、スー・チーに長い軟禁生活を強いた。 

 いずれも、広場を独占するガキ大将グループと同じ論理で権力を手放そうとしない。 重要なのは既得権なのだ。 既成事実を作れば、理屈などどうにでもなる。

 美しすぎる囚人、スー・チーが11月13日、自宅軟禁から解放された。 これで、軍事独裁政権が支配するビルマの政治状況が好転するわけではない。 独裁者たちが、スー・チーをこの時点で解放した方が、既得権維持には都合がいいと判断しただけのことだ。

 日本外務省の役人たちの「外交」なるものは、基本的には、権力者たちとの良好な関係維持が最重要課題のひとつになっている。 かつてトルコに駐在した女の大使は、日本の外務大臣が訪問する前に、欧州各国が批判しているトルコの人権問題を大臣が絶対話題にしないよう根回しをしたそうだ。

 ビルマに関しても、軍事独裁政権とのパイプを維持することが大切だとして、真正面からの非難は避けている。 政権と妥協しないスー・チーについては、頑固すぎるという評価だ。 ガキ大将に殴られても蹴られても歯を食いしばって涙をこらえる子どもに対して、「謝れば楽になるよ」というのも同然だ。

 日本外務省が期待しているのは、ガキ大将の仲間で、あまり乱暴を働かないヤツによる権力奪取と思われる。 国際社会の批判も多少和らぐし、従来通りに政権とのパイプも続くというわけだ。だが、これは、つまり、クーデターだ。 物事の本質に、なんら変化はない。

 ガキ大将グループを一掃するには、ちょっと離れた盛り場に巣食う本物の暴力団に手を出させるという方法もある。 だが、このやり方がうまくいかないことは、ベトナムでも、イラクでも、アフガニスタンでも立証されている。

2010年11月10日水曜日

顔のない医師


 コンビニとか銀行の監視カメラに写っているマスクを付けた人物といえば、強盗とか詐欺師のイメージだろう。 犯罪者たちは悪事をするとき顔をみられたくないからマスクをする。

 だが、世間から尊敬され非常にまともな職業とされる医師たちも人前でマスクをしている。 ニセ医師だとか麻薬を横流ししている悪徳医師が人相を隠している可能性も否定はできないが、そんなのは例外だろう。 むしろ、地元住民との信頼できる人間関係構築が、いわば医療行為の一部にもなると思われる町のクリニックで、医師が顔を見せないのはなぜか。 「顔のない医師」は不気味でもある。

 もちろん、マスクをしていない医師もいるが、近ごろは大多数の町医者がマスク着用のまま患者に対応しているという印象だ。

 マスク着用の理由は容易に想像がつく。 感染症の患者も多く訪れる場所で、最も感染の危険に晒されているのは他ならぬ医師だ。 だからマスク医師は十分納得できるのだ。

 ただ、それにしても、医師といえども客商売なのだから、ちらっと顔をみせたっていいじゃないか。 彼らは、対人恐怖症なのか、口裂け女(医)なのか、あるいは、単にマスクを外すのを面倒臭がる横着者なのか。

 いや、待てよ。 もしかしたらマスクの常時着用は「医師就業規則」みたいなもので決められているのかもしれない。

 これは確認を取る必要がある。 それで日本医師会に電話してみた。 すると、「くだらんことで電話するな」という横柄な態度ではなく、非常に丁寧に説明してくれた。 

 その説明によると、新型インフルエンザの流行時などには、飛沫感染防止のために、国からマスク着用の通知があるが、マスク常時着用は規則ではない。

 面白い話もきかせてくれた。 小さな子どもはマスクをした医師を見ただけで怖がって泣き出してしまうのでマスクを外すという。

 日本医師会は知らないのかもしれないが、おとなだってマスクをした医師は薄気味悪く感じるのだ。 まさか泣き出しはしないが。

 近所を歩いていて、行きつけのクリニックの医師とすれ違ったことが、あるのかないのか知らない。 大事な自分の健康を預けている相手の顔を知らないというのは、社会のあり方からしてもいびつではないか。

 日本医師会に質問してみた。「先生、顔を見せてくれませんか」と訊くのは失礼ではないかと。

 嬉しいことに、答えは「問題ない」。

 メタボのオジサン、更年期のオバサン、妊娠中のヤンママ、銃撃を生き残ったヤーサンの皆さん、マスクの医師に出会ったら、「顔を見せてください」と言ってみよう。

2010年11月8日月曜日

もうひとつの韓流ドラマ


 韓流ドラマに登場する男たちの魅力は、日本の女たちの心を揺さぶり続けているようだ。 そこには、軽薄な日本の女たちのオツムでは及びもつかない、もう一つの韓流ドラマがある。

 その事実抜きには、現在の韓国社会を語ることはできない。

 国連人口基金は11月、世界人口の最新統計を発表した。 1位中国13億5410万人、2位インド12億1450万人...10位日本1億2700万人-という例の統計だ。 このとき同時に発表された合計特殊出生率、つまり1人の女性が一生に産む子どもの数が国別で発表された。

 韓国のメディアは、こちらの方に注目した。 それはそうだ。 韓国は調査した世界186カ国中、184位、下から3番目の1.24人だったからだ。 韓国の下はボスニア・ヘルツェゴビナ1.21人、香港1.01人だけ。 韓国は全体の平均2.52人の半分以下だった。

 韓国の少子化傾向は日本より深刻なのだ。 少子化の理由はいろいろ指摘されているが、よく言われるのは教育熱を反映する高額の教育費だ。 

 問題は、この先だ。 日本よりも儒教の伝統が強く残る韓国では、子どもを1人しか育てないとなると、女の子より男の子が選択される。 この結果、韓国における出生時の男女比率は、男の方が1割以上多くなってしまった。 こうした傾向は既にかなり以前から始まっている。

 韓国社会は今後、男が女より多い人口構成がさらに固まっていく可能性が高い。 そういう社会で生きていく男たちは、パートナーの女を獲得するための懸命の努力をする。 男たちは、好むと好まざるにかかわらず、子孫を残すために女の前で魅力的であらねばならない。

 韓流スターが女たちの目にきわめてセクシーに見えるのは、韓国の男たちが日夜涙ぐましい努力をせざるをえない社会の反映なのだ。 

 これは、韓流スターにかなわない日本の男たちの負け惜しみではないと思う。

2010年11月4日木曜日

イエメンは第2のアフガニスタン?


 国際的な宅配会社UPSとFedEXを使って、イエメンから米国シカゴのシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝所)宛てに二つの航空小包が送られた。 だが、一つは英国中部ミドランズ空港で、もう一つはアラブ首長国連邦(UAE)のドバイ空港で押収された。

 中身は、プリンターのトナーカートリッジに仕込まれた高性能爆薬で、携帯電話による遠隔操作で起爆する装置が取り付けられてあった。 

 10月29日、米国大統領オバマが自らの声明で発表した。

 それによると、イエメンを拠点とする「アラビア半島のアル・カーイダ」による米国本土攻撃を目的とするテロの一環だという。 オバマはさらに、この情報を提供し、テロ発生の事前防止に貢献したサウジアラビア政府に謝意を表明した。 

 のちの報道によれば、爆発物は航空機を破壊するに十分な威力があり、阻止されなければ大惨事は免れなかった。 欧米各国は、他にも危険な航空便が発送された可能性を否定できないとして、イエメン発の航空機の着陸を停止するなど、あわただしく対応した。

 日本ではさほど注目されていないが、戦慄すべき新たな国際無差別テロの開始と受け取れよう。

 ただ、公式発表された一連の情報には、まだ疑問点もある。

 UPS、FedEXそれぞれの現地事務所は規定通りのセキュリティ・チェックをしていたのに、なぜ爆発物が通関したのか。 極秘のテロ作戦の情報を、サウジ当局がどうやって入手したのか。 米国がアル・カーイダの拠点として厳重に警戒しているイエメンが、なぜ敢えて爆発物の発送地に選ばれたのか。 

 現時点で、こうした疑問への明確な答えは出ていないが、今回の”出来事”によって、国際テロ発信地としてイエメンの危険性が劇的にアピールされたのは間違いない。

 イエメンは、世界的な歴史遺跡、美しい山岳風景のある愛らしい国だ。 だが、近代国家としての統治基盤が脆弱で、地方の隅々まで中央政府の権威は行き渡らない。 そして、1人当たり国民総生産800ドル、失業率40%という貧困。 国際的テロ組織が安住の地に選ぶ条件は整っていた。 実際、1990年代から、アフガニスタンを脱出した多くのアラブ人たちがイエメンに渡っていた。

 テロリストの温床となったのは、サナア政権の自業自得でもある。 冷戦時代、南北が別々の国だったイエメンは1990年に統一イエメンとなったが、北主導の統一に南が反発し、94年には内戦となった。 このとき、北のサナア政権は南の軍事攻略にアフガニスタン内戦で実戦経験のたっぷりあるアラブ人たちを前線でおおいに活用した。 以来、現在”テロリスト”と呼ばれるアラブ人たちはイエメンに確固たる足場を築いてきた。

 アフガニスタンやイラクに派兵した米国や英国を筆頭とする欧州各国は今、イエメンが「第2のアフガニスタン」になると警戒している。 

 米国CIA長官レオン・パネッタは昨年1月、就任直後に、「イエメンはアル・カーイダのsafe haven(安全な避難場所)になりうる」と警告し、その後、米国は様々な支援をイエメンに与えてきた。 軍事面では、専門家50人を派遣し、イエメンの反テロ部隊の訓練・指導にあたっている。

 英国の新聞The Independent によれば、米国のイエメン援助は2006年に1億8500万ドルだったが、今年は5億8400万ドルに膨れ上がっている。

 同紙によると、旧宗主国である英国もイエメンに深く関与しており、2009年にはアフガニスタンに駐留していた特殊部隊SASがイエメン、イエメンと紅海をはさんで対岸のソマリアへ移動してきた。 また英国政府による破綻国家への支援はイエメンを最優先とし、2009年には3000万ポンドが下水設備、学校・病院建設に援助された。

 だが、今回の爆弾テロ未遂事件がイエメンにおけるアル・カーイダの健在ぶりを示すものだとするなら、これまでの援助の意味は当然問われるべきだ。

 「テロとの戦いは、自由と人権への抑圧を正当化する手段になってしまった」

 10月にサナアで開かれた人権団体の集会のあと、人権活動家のアマル・アルバシャがイエメンの新聞The Yemen Times に語った。

 Amnesty International が今年8月に公表したイエメン報告によると、2009年初め以来、テロリストを標的とした治安部隊の作戦で113人が死亡した。 治安部隊は容疑者の身柄を拘束しようとせず、非合法の処刑を行ったと指摘している。 アマルが言及しているのは、法律が無視され人が殺されているこうしたイエメンの現状だ。

 2009年12月17日には、東部シャブワ県で治安部隊のテロリスト容疑者への攻撃で41人が死亡した。だが、死亡者のうち14人が女性、21人が子どもだった。 この1週間後には南部アビヤン県の民家がミサイル攻撃を受け30人が死亡した。 この2件に関してはAmnestyも、イエメン議会も調査を要求しているが、政府当局は反応していない。

 イエメン大統領アリ・アブドゥラー・サレハの対テロ政策は国民のあいだで評判が悪い。 反感を強めているのは、急に存在感を増してきた治安部隊の強引なテロリスト狩りばかりではない。

 治安部隊の背後には米国がいると目されていることが、もう一つの理由だ。 アラブ諸国では概して、イスラム教徒の一般大衆は異教徒米国の介入を嫌悪する。 大統領サレハは、その米国と手を組み、対テロ軍事作戦を遂行している。 つまり、この作戦を続ければ続けるほど、国民の反政府感情は高まるのだ。

 10月の人権団体集会でも声が上がったが、こうした汚い作戦に米国人が治安要員の訓練という間接的関与ばかりでなく、作戦現場で直接関わっているという疑惑も広まっている。 反サレハと反米の感情は対になって高まっているのだ。

 イエメン国民の大多数は、保守的なイスラム教徒で、新種の国際過激主義ともいえるアル・カーイダの思想を受け入れるとは思えない。 しかし、対テロ軍事作戦が国民を反米へと追いやっているとすれば、アル・カーイダに好ましい状況を米国がわざわざ作っているといえよう。

 かつてのベトナムでも、近年のアフガニスタン、イラクでも米国は介入することで嫌われた。 その意味で、CIA長官パネッタが「イエメンはアル・カーイダのsafe havenになる」と言ったのは実に正しい。