羽田空港国際線ターミナル。 午前5時。 冬の夜は明けていない。 早朝のフライトへのチェックインを済ませ、出発まで2時間。 閑散としたターミナル内をうろつき、からだを伸ばして一眠りできるベンチかソファを探す。
やっと、建物最上階の5階へエスカレーターで昇り、屋外展望デッキに出る手前のホールで、ころあいのベンチをみつけ、リュックサックを枕にして寝そべった。
「これで1時間半は仮眠をとれる」。 と思いきや、そうはいかなかった。 そこには、まるで、「絶対に寝かせない」と主張するかのような女の声の録音アナウンスが、えんえんと響き渡っていた。
”Watch your step. 4階行き下りエスカレーターです。足元にご注意願います”
ホールに人はほとんどいない。 だが、エンドレスのアナウンスは意に介さない。 寝付けなくて腕時計で計測してみたら、1回10秒、1分間に6回。 つまり、1時間に360回、1日8640回、女は”Watch your step…” を繰り返し続けることになる。
「うるせえ!!!」と叫んでも、どうにでもなるわけではない。
と思って、気付いた。 「ここは、まだ日本国内なんだ」と。
電車の中だろうが、路上だろうが、どこに行っても、”ナントカにご注意”のアナウンスが耳障りに響き渡る日本。 トラックですら、「バックします。ご注意ください」としゃべる。 近ごろは、スキー場のリフトでも降り場で「ご注意」とアナウンスする。 余計なお世話だが、それが日本だ。 こんな国は、世界中どこにもない。
眠れなくなったので、この真新しい国際ターミナルの中を歩き回ってみた。 すると、驚いたことに、トイレの入り口でもアナウンスがあった!! 「手前が男性用、奥が女性用云々」と。
このターミナルは、単に日本というだけでなく、典型的な現代日本社会を見事に再現した施設だったのだ。 江戸時代の町並みを再現したという食堂街「江戸小路」は、安っぽい映画セットのようだが、ターミナル全体で聞くことができるアナウンスは、完璧に日本を演出している。
アナウンスは視覚障害者のための優しい心遣いだと受け取れなくもない。 だが、必ずしも、そうとは言い切れない。 まずは、空港会社の小役人的言い逃れの臭いがぷんぷんする。 「事故が起きたとき、事前に十分対処していたのだから、当方に責任はない」という日本人にはお馴染みの言いぐさ。
それよりも、このアナウンスは、日本人と日本社会の「優しさ」ではなく「冷たさ」を象徴しているのだ。 視覚障害者が困っていれば、赤の他人でも回りにいる人が助けるべきであろう。 生身の人間が助けないから、機械的なアナウンスに頼らざるをえない無機質な社会。
このターミナルにいると、日本がとてもよく見える。 素晴らしい空港ではないか。 眠れなかったが、新しい東京名所の発見は大きな収穫だった。
1 件のコメント:
わかるなあ。
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