なんで、あんなヤツの顔が突然思い浮かぶんだ!!! すぐに、簡単な連想ゲームだったことに気が付いた。 ワイキキの地名が、中学生のころ流行った田代みどりのポピュラーソング「パイナップル・プリンセス」を思い出させた。 この歌を教えてくれたのが、田代みどりの熱烈なファンだったYNだった。 もっとも、当時の記憶では、YNは浮気なガキで、まもなく伊東ゆかりに鞍替えした。
1960年代、アメリカン・ポップスを日本語歌詞で歌う「ポピュラーソング」全盛の時代だった。 YNは成績はたいしたことなかったが、こういう分野の情報に関しては教室の中で一番だった。
あらためて、「パイナップル・プリンセス」の歌詞をウエブで調べてみると、すぐにみつかった。
’パイナップル・プリンセス
かわいいパイナップル・プリンセス
小さなウクレレ片手にお散歩よ
・・・・・・・・・・
私はワイキキ生まれ 緑の島のお姫さま
背高ノッポの彼といつでも一緒なの
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
彼氏のポッケにゃチョコレート
私のポッケにゃココナツ
・・・・・・・・・・
(作詞・漣健児)
当時の日本人がほとんど行ったことのない「あこがれのハワイ」をイメージした歌詞なのだろう。
だが、なんともヘンな歌詞だ。
彼氏がチョコレートをポケットに入れたら、とろけてドロドロになってしまうではないか。 もっと凄いのは、このお姫さま、ココナツをポケットに入れてしまうのだ。 ココナツは1個2キロくらいの重さはあるし、直径は20センチ近い。 そんな巨大なものをポケットに入れてお散歩する女の姿を想像すると、身長は5メートルくらいあるかもしれない。 その彼女が背高ノッポと言うのだから、彼氏は6メートルといったところか。 でたらめな歌詞ではないか。
ついでに、ワイキキ。 ハワイ王朝が独立国だった19世紀末までは湿地帯で、王族の保養地だった。 当時のビーチには砂浜がなく、オアフ島北部や遠くカリフォルニアから白砂を運んで作った人工砂浜が現在のワイキキビーチだ。
1910年代からアメリカ本土から観光客が訪れるようになり、今もあるハレクラニ・ホテルなどが建設された。 だが、観光客が急増したのは第2次大戦後で、60年代から80年代にかけて多くの高級ホテルやコンドミニアムが建てられた。
パイナップル・プリンセスが日本で流行ったのは1961年。 彼女がそのころ15歳から20歳とすると、だいたい太平洋戦争中に生まれたことになる。 そのころのワイキキは高級ホテルばかりだったから、彼女はホテルで生まれたのか。 ちょっと不自然だ。 おそらく、「ワイキキ生まれのお姫さま」というのも幻想だ。
あの歌がはやってから3年後の1964年、日本人の海外旅行が自由化され、のちの海外旅行ブームにつながる。 YNもハワイに行って、ワイキキ・ビーチを歩いたことがあるのだろうか。
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