2015年1月12日月曜日

25年ぶりのビルマ⑤(終わり)

(急速に変貌するヤンゴン、夜明け)
コロニアル風の古いどっしりとした4階建てのホテルだった。 なかなか風格があるじゃないか。 黒光りする重そうな木製のチェックイン・カウンター。 エレベーターは、文字が消えかかったボタンを押すと、降りてきてドシンと大きな音をたてた。 何年前に建てられたのか知らないが、この古さがたまらなくいい。 

 部屋は広くて、天井の高さは4メートルはあった。 バルコニーは10人くらいのパーティができそうなスペース。 まるで大英帝国植民地のご主人様だ。 ジョージ・オーウェルの「ビルマの日々」の世界に時空瞬間移動した気分。
 
 ヤンゴンで過ごすために選んだホテルの一つ。 <Yuzana Garden Hotel>。 思い通りのホテルで大満足。 まずは、持ち込んだ地元ビール「Myanmar」を開ける。 これは、かなりレベルの高いビールだ。 いい気分。

 だが、やがて夜になってトラブルが始まった。

 ヤンゴンで知り合ったミャンマー人に連絡することがあって、部屋で電話をかけようとした。 だが、外線がつながらない。 そこでフロントを呼ぶと、信じられない説明が返ってきた。

 交換手が外に食事に出かけて、その間、外線を切っているというのだ。 どういう交換システムになっているのかわからない。 なんとかしてくれと言ったら、フロントまで来れば自分の個人用携帯電話を使っていいと言う。

 フロントに降りていくと、夜勤の若者がすまなそうな顔をして携帯を差し出した。 使い終わって返すと「電話代はいいです」。 「でも、これ、キミのでしょ?」「ええ、でも構いません」。 ホテルのマネージメントはひどく悪いが、従業員たちはとても親切なのだ。

 問題はまだ続いた。 部屋に戻ってしばらくすると、エアコンが止まり、バスルームのライトも消えた。 再び、フロントに電話をすると、さきほどの携帯の若者が作業着姿の技術者を連れて飛んできた。 バスルームでなにやら作業をすると、すぐにエアコンとライトは回復した。

 ところが5分ほどすると、また同じことが起き、また電話をした。 今度は、技術者とたった2人のフロント係が2人ともやってきて、しきりに恐縮しながら再び作業を始めたが、さきほどよりも長引いている。 フロントは空っぽでいいのだろうか。 へんな心配をしてしまう。

 こうなったら部屋を替えた方がいいんじゃないかと思って、フロント係に提案した。 すると、マネージャーが帰宅してしまったので今は判断できないという。 それじゃあマネージャーに電話で訊いてくれないかと携帯の若者に頼んだ。 まもなくマネージャーは捉まり、部屋の変更をOKしてくれた。

 すぐに助っ人が3人やってきて、フロントの2人と合わせて5人で荷物の引越しは瞬く間に終わった。 従業員たちは本当によくやってくれる。 いろいろと問題のあるホテルだが、彼らの心からの親切と手助けに接していると腹も立たない。 むしろ、なぜか心が和んでくる。

 こんなドタバタで夕食にでかけるには遅い時間になってしまい、仕方ないので、持ち込んだミャンマー製ラム酒のボトルをぶらさげてホテルの食堂に行ってみた。

 宿泊客が少ないせいか、広い食堂に客も従業員の姿もなく、がらんとしていた。 大きな声で「Excuse me!」と言うと、奥の調理場から見たような顔の3人の男が顔を出した。

 なんだ、さっき部屋の引越しで助っ人に来た連中ではないか。 荷物を運んでくれたのは、料理人とウェイターだったのだ。 訊けば、このホテルの夜間勤務者は、部屋に来てくれた6人で全員なのだそうだ。 ホテルの総部屋数は36というから中規模クラスか。 それでも、この人数は少なすぎる。 だが、部屋の引越しにはホテルの総力を投入したことになる。 ちょっとした感激。

 いろいろな国を旅してきたけれど、こんなにひどいマネージメントのホテルに泊まったことはないかもしれない。 それなのに寛げてしまう。 きっと、従業員たちがホテル運営のマニュアルなどに関係なく(あるいは、マニュアルなんか、もともと存在しない?)、人としての優しさで客に接しているからだと思う。
 
 シェラトン・ホテルに泊まったら絶対に味わえないサービス。 この不便きわまりないのに居心地良いホテルに、また泊まってみたい。 でも、今のヤンゴンの変貌が続けば、こんな”へぼホテル”は近いうちに淘汰されてしまうかもしれない。 古き良きビルマと共に。

(終わり)

0 件のコメント: