2012年12月2日日曜日

映画「アルゴ」が実話とは笑止千万

   (CIAのアントニオ・J・メンデス(左)とメンデスを演じたベン・アフレック)

 1979年、世界を震撼させたイランのイスラム革命で出国した独裁者パーレビの身柄を引き受けた米国に対し、イラン国内では激しい反米運動が巻き起こった。 そして、その年11月4日、テヘランの米国大使館がホメイニ支持者らの群集に襲われ占拠された。 館内の大使館員ら52人は以来、81年1月20日に解放されるまで444日間にわたり、パーレビ引き渡し要求の人質となった。

 米国大使館が占拠されたとき、実は6人の大使館員が建物から逃げ出していた。 彼らは、カナダ大使公邸などに匿われ、翌年1980年1月28日、カナダ政府の全面的協力によるCIAの作戦でイランからの脱出に成功した。 その作戦とは、「Argo(アルゴ)」と題するSF映画を製作するためのカナダ撮影チームのメンバーに6人を仕立て上げ、身分を偽って出国するというものだった。

 52人の人質事件と比べれば、6人の脱出はサイドストーリーにすぎないと言えるかもしれないが、このエピソードが、手に汗握るスリリングな映画に仕立て上げられ、今年(2012年)10月公開された。 ハリウッド映画「アルゴ」だ。 米国でも日本でも、なかなかの評判だった。  

 「アルゴ」の公式サイトを見てみよう。

 「信じられなくて当然だ。だが、全てが実話なのだ。
アメリカが18年間封印した、最高機密情報!!
CIAが仕掛けた人質救出作戦は、〈映画製作〉だった──!?」

 「全世界を震撼させた、イランアメリカ大使館人質事件が起きたのは、1979年11月4日。だが、この事件にまつわる真相は、謎に包まれたままだった。事件発生から実に18年後、当時の大統領クリントンが機密扱いを解除し、前代未聞の人質救出作戦が、初めて世に明かされた。その全容を映画化したのが、『ザ・タウン』に続く監督・主演作となるベン・アフレックと、プロデューサーを務めるジョージ・クルーニー。それは、CIAが企画を持ち込んだ、ハリウッド史上最も危険な〈映画製作〉だった──!」
(以上、作品情報より)

 「全て事実です。ものすごく良く出来ている。
池上彰ジャーナリスト」

 「事実は「映画」より奇なり。重圧と恐怖に押しつぶされるような120分間。
浅賀佐和子Pen編集部」

 「実話なのによくできたフィクションのようで、感動もユーモアもサスペンスもある。
米崎明宏映画雑誌スクリーン・編集長」
(以上、著名人コメントより)

 この映画を見た日本の友人たちは、「凄い」「面白かった」と、一様に賞賛し、そして、「それにしても、本当に実話なんだろうか?」と、面白すぎるゆえの疑問を呈する。

 結論から言うと、「アルゴ」は娯楽映画としては実によくできているが、残念ながら、公式サイトは、誇張、誇大宣伝と呼ぶべきだろう。 

 そう判断せざるをえない点をいくつか指摘しよう。

 ①「前代未聞の『人質救出作戦』の全容を映画化」としているが、6人は人質ではない。 人質というのは大使館に捕らわれた52人を指す。 この52人の救出作戦といえば、通常は米特殊部隊による失敗した作戦のことだ。
 (これは、このサイトを作った人間だか、映画配給会社だか、宣伝会社だかの無知、不勉強、無神経さのせいかもしれない。 意図的に「人質救出作戦」としたとしたら、悪質だ)

 (以下は、CIA公式サイトに載っている主人公トニー・メンデスのモデルになったアントニオ・J・メンデス自身による作戦の一部始終と映画との比較である=https://www.cia.gov/library/center-for-the-study-of-intelligence/csi-publications/csi-studies/studies/winter99-00/art1.html)

 ②映画では、CIA要員のトニー・メンデスが単身でテヘランに潜入するが、実際には2人で入った。

 ③映画で、メンデスはトルコ・イスタンブールのイラン領事館でビザを取得するが、実際にはドイツ・ボンのイラン大使館でビザを取得した。

 ④6人は全員、カナダ大使公邸に匿われていたことになっていたが、大使公邸と別の大使館員の家に分散して潜んでいた。

 ⑤6人は映画制作スタッフとして、テヘラン市内のバザールにロケハンに行く。そこで騒動に巻き込まれるが、からくも現場から立ち去ることができる。 だが、バザールへ行くような危険は冒していなかった。

 ⑥6人がテヘランから国外へ脱出する前夜、ホワイトハウスから急遽、作戦中止命令が出る。 予定していた大使館の人質52人の救出作戦への支障が出る恐れがあると判断されたためだ。 主人公メンデスはこの命令を無視して脱出作戦を実行する。 映画の大きな山場のひとつだ。 だが、ホワイトハウスから、こんな命令は出ていなかった。 ホワイトハウスからの中止命令があったのは事実だが、映画のようなドラマティックなタイミングではなく、メンデスがテヘランへ出発する前、しかも、その30分後には大統領カーターからOKが出た。

 ⑦ホワイトハウスからの中止命令で、主人公メンデスが作戦決行を決断すべきか迷ったために、6人が脱出するメヘラバード空港への出発が遅れ、映画の観客をハラハラさせる。 実際に多少の遅れが生じたのは事実だが、ホテルに泊まっていたメンデスが時計の目覚ましアラームを午前2時15分にセットしたが鳴らず、3時まで寝過ごしてしまったためだった。 本物のスパイは007と異なり間抜けでもある。

 ⑧映画のクライマックスは、空港に着いた6人とメンデスがイミグレーション、革命防衛隊の検問を通過し、スイス航空の機内に入り離陸するまでの息詰まるような時間との競争だ。 まず革命防衛隊が映画制作スタッフという身分に疑念を持つ。これはなんとかパスする。だが、彼らは最後の瞬間に偽装に気付く。 そして、滑走路を離陸しつつあるスイス航空機をクルマで追う。 だが、旅客機は追撃を逃れ、からくも離陸に成功、6人の脱出は見事に成功する。 
 これは全部フィクションだ。 6人はほとんど何も問題なく、空港を通過しイランを脱出するのに成功した。 不安を感じたのは、スイス航空機の出発が「メカニカル・プロブレム」で多少遅延するとアナウンスされたときだった。 フライトを変更することも検討したが、かえって目立つのではないかと当初予定を続行し、脱出成功につながった。 

 SF映画を制作するという奇抜なペテン作戦というCIAの独創性は、確かに傑作だ。 だが、実際の脱出作戦は淡々と進行し、映画のようなドラマはなかった。 現実とはそんなものだ。 
 
 「アルゴ」公式サイトの著名人コメントには、がっかりさせられる。 自分で検証もせず、映画の内容をすべて事実と信じてコメントする浅はかさ。 テレビにジャーナリストとして頻繁に登場する池上某などは、見事に馬脚を露わしてしまった。

 この映画に関する米国メディアの指摘を紹介しておこう。

 ひとつは、CIA中心のストーリーになり、CIA以上に重要な役割を演じたカナダ政府の存在を軽視しすぎているという指摘。 もうひとつは、モデルとなったアントニオ・J・メンデスは中南米系だが、映画では白人のベン・アフレックがメンデスを演じた。 これは米国社会の抜きがたい人種差別意識を反映しているという指摘。

 さらに、この映画が公開されたタイミングも言及されている。 現在、イランと米国の関係は、イランの核開発で最悪の状態にあり、米国によるイランへの軍事攻撃の可能性も否定されてはいない。 映画はイランを悪人に仕立てている。 実際のイランには現体制の批判者も多く、誰もがファナティックなわけではない。 だが、こうした映画によって、米国内の反イラン感情を煽り立てることはできる。 そこに政治的意図も見えなくはない。 

 難しいことは考えず、冒険物語と思って単純に楽しむことが、最も健全な「アルゴ」の鑑賞法かもしれない。

5 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

先月上旬、筆者に「アルゴおもしろいですよ。実話なんですよね」とメールしたら、「映画のロケ隊を装って脱出するやつね。見るよ」との返事。きっと、ブログに感想をアップしていただけると思っていましたが、その後音沙汰なし。ウーン???
 そうしたら、昨夜ようやく「書いたよ」とのメール。読んでみてびっくり。元テヘラン特派員の怒りが大爆発。数々の事実無根に怒りの鉄拳。何でも知っているはずの池上「ケペル教授」をペテン師扱い。いい人に見えるんですが・・・・・・。
 小生は米大使館事件を記憶する世代ですから、歴史的事実をベースにした裏話程度の認識で見ました。しかし、みんなの「事実なんですよね」のオンパレーが、虎の尾を踏んじゃったようですね。
 元トルコ特派員として、ロケ地のイスタンブールの裏話が出るのかと思っていたら大間違い。知らなかった新事実に、大変勉強になりました。久しぶりの「1粒で2度おいしいグリコ」でした。


匿名 さんのコメント...

私もです!! アルゴを見て『おもしろいけど、どこまで本当???』って、メールしました。
助かるってわかって見ているのにハラハラ・ドキドキの連続でしたが、エピソードは創作だったんですね~。ちょっと残念。
まぁ、現実を忠実に映画にしたんじゃ、ハリウッドの映画にならないですね。。。。。

匿名 さんのコメント...

>映画の内容をすべて事実と信じてコメントする浅はかさ

事実だと謳っている映画が、全部事実やと思ってるやつなんて殆どおらんやろ

事実に基づいてはいるけど、多少フィクションが混じってることぐらい、その人らもわかってるから

宣伝の一役を担ってる以上、誇張した表現になるのはしゃあないんちゃうか

匿名 さんのコメント...

そうやって自分は事実を知っている数少ない人間だから凄いとでも思われたいんですか?
自己顕示欲の強い人間ですね。
普通に考えてフィクションが全く入ってない映画なんてないでしょう
実際、事実をベースにした映画として公開されたのですから

匿名 さんのコメント...

映画だからね。誰もドキュメントとは言っていない