国際的な宅配会社UPSとFedEXを使って、イエメンから米国シカゴのシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝所)宛てに二つの航空小包が送られた。 だが、一つは英国中部ミドランズ空港で、もう一つはアラブ首長国連邦(UAE)のドバイ空港で押収された。
中身は、プリンターのトナーカートリッジに仕込まれた高性能爆薬で、携帯電話による遠隔操作で起爆する装置が取り付けられてあった。
10月29日、米国大統領オバマが自らの声明で発表した。
それによると、イエメンを拠点とする「アラビア半島のアル・カーイダ」による米国本土攻撃を目的とするテロの一環だという。 オバマはさらに、この情報を提供し、テロ発生の事前防止に貢献したサウジアラビア政府に謝意を表明した。
のちの報道によれば、爆発物は航空機を破壊するに十分な威力があり、阻止されなければ大惨事は免れなかった。 欧米各国は、他にも危険な航空便が発送された可能性を否定できないとして、イエメン発の航空機の着陸を停止するなど、あわただしく対応した。
日本ではさほど注目されていないが、戦慄すべき新たな国際無差別テロの開始と受け取れよう。
ただ、公式発表された一連の情報には、まだ疑問点もある。
UPS、FedEXそれぞれの現地事務所は規定通りのセキュリティ・チェックをしていたのに、なぜ爆発物が通関したのか。 極秘のテロ作戦の情報を、サウジ当局がどうやって入手したのか。 米国がアル・カーイダの拠点として厳重に警戒しているイエメンが、なぜ敢えて爆発物の発送地に選ばれたのか。
現時点で、こうした疑問への明確な答えは出ていないが、今回の”出来事”によって、国際テロ発信地としてイエメンの危険性が劇的にアピールされたのは間違いない。
イエメンは、世界的な歴史遺跡、美しい山岳風景のある愛らしい国だ。 だが、近代国家としての統治基盤が脆弱で、地方の隅々まで中央政府の権威は行き渡らない。 そして、1人当たり国民総生産800ドル、失業率40%という貧困。 国際的テロ組織が安住の地に選ぶ条件は整っていた。 実際、1990年代から、アフガニスタンを脱出した多くのアラブ人たちがイエメンに渡っていた。
テロリストの温床となったのは、サナア政権の自業自得でもある。 冷戦時代、南北が別々の国だったイエメンは1990年に統一イエメンとなったが、北主導の統一に南が反発し、94年には内戦となった。 このとき、北のサナア政権は南の軍事攻略にアフガニスタン内戦で実戦経験のたっぷりあるアラブ人たちを前線でおおいに活用した。 以来、現在”テロリスト”と呼ばれるアラブ人たちはイエメンに確固たる足場を築いてきた。
アフガニスタンやイラクに派兵した米国や英国を筆頭とする欧州各国は今、イエメンが「第2のアフガニスタン」になると警戒している。
米国CIA長官レオン・パネッタは昨年1月、就任直後に、「イエメンはアル・カーイダのsafe haven(安全な避難場所)になりうる」と警告し、その後、米国は様々な支援をイエメンに与えてきた。 軍事面では、専門家50人を派遣し、イエメンの反テロ部隊の訓練・指導にあたっている。
英国の新聞The Independent によれば、米国のイエメン援助は2006年に1億8500万ドルだったが、今年は5億8400万ドルに膨れ上がっている。
同紙によると、旧宗主国である英国もイエメンに深く関与しており、2009年にはアフガニスタンに駐留していた特殊部隊SASがイエメン、イエメンと紅海をはさんで対岸のソマリアへ移動してきた。 また英国政府による破綻国家への支援はイエメンを最優先とし、2009年には3000万ポンドが下水設備、学校・病院建設に援助された。
だが、今回の爆弾テロ未遂事件がイエメンにおけるアル・カーイダの健在ぶりを示すものだとするなら、これまでの援助の意味は当然問われるべきだ。
「テロとの戦いは、自由と人権への抑圧を正当化する手段になってしまった」
10月にサナアで開かれた人権団体の集会のあと、人権活動家のアマル・アルバシャがイエメンの新聞The Yemen Times に語った。
Amnesty International が今年8月に公表したイエメン報告によると、2009年初め以来、テロリストを標的とした治安部隊の作戦で113人が死亡した。 治安部隊は容疑者の身柄を拘束しようとせず、非合法の処刑を行ったと指摘している。 アマルが言及しているのは、法律が無視され人が殺されているこうしたイエメンの現状だ。
2009年12月17日には、東部シャブワ県で治安部隊のテロリスト容疑者への攻撃で41人が死亡した。だが、死亡者のうち14人が女性、21人が子どもだった。 この1週間後には南部アビヤン県の民家がミサイル攻撃を受け30人が死亡した。 この2件に関してはAmnestyも、イエメン議会も調査を要求しているが、政府当局は反応していない。
イエメン大統領アリ・アブドゥラー・サレハの対テロ政策は国民のあいだで評判が悪い。 反感を強めているのは、急に存在感を増してきた治安部隊の強引なテロリスト狩りばかりではない。
治安部隊の背後には米国がいると目されていることが、もう一つの理由だ。 アラブ諸国では概して、イスラム教徒の一般大衆は異教徒米国の介入を嫌悪する。 大統領サレハは、その米国と手を組み、対テロ軍事作戦を遂行している。 つまり、この作戦を続ければ続けるほど、国民の反政府感情は高まるのだ。
10月の人権団体集会でも声が上がったが、こうした汚い作戦に米国人が治安要員の訓練という間接的関与ばかりでなく、作戦現場で直接関わっているという疑惑も広まっている。 反サレハと反米の感情は対になって高まっているのだ。
イエメン国民の大多数は、保守的なイスラム教徒で、新種の国際過激主義ともいえるアル・カーイダの思想を受け入れるとは思えない。 しかし、対テロ軍事作戦が国民を反米へと追いやっているとすれば、アル・カーイダに好ましい状況を米国がわざわざ作っているといえよう。
かつてのベトナムでも、近年のアフガニスタン、イラクでも米国は介入することで嫌われた。 その意味で、CIA長官パネッタが「イエメンはアル・カーイダのsafe havenになる」と言ったのは実に正しい。