2015年6月11日木曜日

アメリカの日本酒があってもいいじゃないか


 6月8日(2015年)、こんなニュースが報じられた。(以下、朝日新聞から)

 「純国産でなければ「日本酒」とは呼ばせません――。政府のクールジャパン戦略の一環で、財務省がそんな方針を年内にも決める。今後増えるとみられる外国産の清酒と差別化し、日本食ブームに乗って本家本元の日本酒を、世界で味わってもらうのが狙いだ。
 これまで、日本酒のはっきりした定義はなかった。国税庁長官は年内にも、「日本酒」について、地名を商品名に使う知的財産権である「地理的表示」に指定。日本酒や英語の「ジャパニーズ・サケ」を名乗れる清酒を、国産米や国内の水を使って国内でつくられた清酒に限る方針だ。
 日本など世界貿易機関(WTO)の加盟国は、地理的表示に指定した商品を保護し、その地名を産地以外の商品に使わないよう取り決めている。英スコットランドの「スコッチ・ウイスキー」、仏シャンパーニュ地方の「シャンパン」が代表例だ。」

 何年か前に、確か、外務省が日本食の基準を定めて、これに合わないものは日本食と呼ばせないという方針を発表した。 日本食が世界に広がり、平均的日本人には日本食と思えないような料理が出現し、これを"取り締まる"必要があると外務官僚は考えたらしい。

 だが、上から目線の日本政府の発想に、外国メディアは"food police"だと総反発した。 それはそうだ。 日本人だって、インド人がびっくりする「カレーライス」、イタリアには存在しないトマトケチャップで作った「スパゲティ・ナポリタン」、その他さまざまな奇妙な料理を作っている。 それがけしからん、とインドやイタリアの外務省が文句を言ったことはない。 中国料理のレストランだって、世界中にあるが、それぞれの国の伝統と混じりあい、味は様々だ。 というわけで、この外務省方針は沙汰やみになった。

 それでは、日本酒はどうか。 かつてエジプトに住んでいたころ、日本酒を飲んだり買ったりする機会は、イスラエルに出張したときだけだった。 日本では見ない奇妙な大きさ、確か1.5リットルくらいの瓶に入った米国カリフォルニアで作られた日本酒だった。 値段は高くなく、味もまあまあだった。 これを「日本酒」と呼ぶことに、違和感はまったくなかった。  イスラエルは問題のある国だが、日本酒が味わえるという点だけは許せた。

 ニュースによれば、国税庁は「ジャパニーズ・サケ」を、国産米や国内の水を使って国内でつくられた清酒に限る方針だという。 つまり、カリフォルニア米とカリフォルニアの水で醸造した日本酒を日本酒と呼んではいけないのだ。 これには、ちょっと引っかかる。 カリフォルニアの日本酒はものすごく旨いというわけではないが、日本酒として十分楽しめるからだ。

 それでは、カリフォルニアの日本酒がどの程度のものかというと、専門家と言っていい人の意見がある。 日本酒プロデューサー(どんな仕事かよくわからないが)中野繁が、自身のブログ「多酒創論」に「アメリカ産日本酒の実力」を掲載している。

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 兵庫県の大手酒造メーカー 大関株式会社は、1979年にカリフォルニア州ホリスター市に進出、自社の酒蔵「大関USA」を構えて日本酒を現地生産している。その「大関USA」が、品質保持が難しい日本酒は鮮度が命であり、蔵元でしぼりたてを飲む感動を多くの人に味わっていただきたいとの思いで、2013年12月に「大吟醸・新酒しぼりたて」をアメリカ限定で受注生産し販売した。アメリカ産「大吟醸・新酒しぼりたて」は、カリフォルニア米を使用し、日本から派遣された丹波杜氏が鮮度にこだわって仕込んだAL16度台の本格派「大吟醸酒」で、720ml詰め1本25ドルが現地価格である。昨年12月、サンフランシスコに旅した知人がそのアメリカ産「大吟醸・新酒しぼりたて」をお土産に買ってきてくれたので、国産の「大関・大吟醸・大阪屋長兵衛」と飲み比べてみた。「大阪屋長兵衛」は、国産米を使用したAL15度台の「大吟醸酒」で、720ml詰め1本税込み1,676円が国内の希望小売価格である。この2本を飲み比べる目的は、アメリカ産日本酒の実力を知ることにあり、巷間、囁かれている「カリフォルニア産の日本酒は、日本産酒に及ばない」という風評の真偽を確かめるためでもある。テイスティングは、筆者を含む男性2名と女性4名の計6名が東京四ツ谷の居酒屋に集まり、両方の大吟醸酒を共に10℃前後の品温で飲み比べた。その結果、6人のテイスター全員が、国産大吟醸に軍配を挙げ、5点満点評価では、アメリカ産「大吟醸酒」は、平均2.67点だった。アメリカ産大吟醸の最大の難点は、「旨味が少なく味わいが薄っぺらい」ことで、「後味がダレる」、「バランスが悪い」などが指摘された。両者の旨さの優劣は、カリフォルニア産米と国産米の違い、つまり、原料米の優劣にあると考えられ、ある日本の酒米栽培農家は、「アメリカと日本の米の栽培方法の違いだ」と言い切り、また、アメリカでおにぎり販売店チェーンを展開する日本人オーナーは、「アメリカの米が国産より劣る最大の原因は水にある」と断言している。結論として、カリフォルニ米が、これまで通り、アメリカの水を使用して、アメリカ式の米栽培方法を続ける限り、カリフォルニア米を使用した日本酒は、国産米を使用した日本酒の酒質を超えることは出来ないと推定される。これは、国産日本酒の旨さと国産米の優秀さを証明する国ことにもつながっている。ニューヨークのマンハッタンで酒小売店「SAKAYA」(http://www.sakayanyc.com/)を経営しているオーナーのリック・スミス氏は、現地生産の日本酒を取扱わず、日本から輸入した日本酒だけを販売している。彼は、「素晴らしい日本酒を造れるのは日本人だけ」だと信じているからで、「アメリカでは日本国内の高品質な酒米を入手する手段が無く知識も機器も無い、アメリカの米生産能力は、日本より100年遅れている」と語っている。国産日本酒の優秀さが海外にも浸透していることがわかる、リック・スミス氏の鋭い洞察力である。
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 カリフォルニアの日本酒は、日本の日本酒に到底かなわないという結論になっている。 外国産日本酒、米国のほかには中国、ブラジル産があるそうだが、めくじらを立てるような対象ではないように思える。

 米国では、どのようにして日本酒がつくられているのだろうか。 海外情報を丹念に集めて翻訳しているサイト「すらるど」に、アメリカ人の涙ぐましい努力を取り上げた記事があった。

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(引用元:Local Sake: America's Craft Brewers Look East For Inspiration)

 我々にとっては馴染みが深いのは大抵が寿司バーでティーカップサイズのコップで出され、ホットで、麝香の香りがして、かすかに濁っていて、時として誤って”ライスワイン”等とも呼ばれている物だろう。言葉を換えれば、我々は大抵が”bad sake”を飲んでいるのだ。

 しかし、ようやく我々は良い品質のものを愛する事を学んだ。

 ハイエンドクラスの日本酒の人気はうなぎのぼりで、あちこちの州に数え切れないほどの日本酒をフィーチャーしたバーが建ち並び、それぞれに何百本もの日本酒が並んでいる。

 通のグルメは日本酒をチーズとチョコで呑み、ミクソロジスト(バーテンダー)は日本酒のカクテルを作り、オレゴン州のポートランドでは3年連続で日本酒のフェスティバルが開かれているのだ。

 おそらく何より最高なのが、今やアメリカ人は自分達の手で日本酒を造り始めている事だろう。

 ポートランドにあるSakeOneは1990年から日本酒を造り始め、今では年間100万本近く売っている。

 最近ではアメリカ各地の中小醸造所がそれぞれのガレージ、工房、レストランキッチンで日本酒を醸造し始め、真珠のような米を日本で最も有名な飲み物へと変えているのだ。 幾つかは既にビジネスとして軌道に乗り始め、半ダースほどがその準備に取り掛かっている。

 ノースカロライナのアッシュヴィルでは2つの醸造所が起業したばかりだ。『Blue Kudzu(葛)』と『Ben's American Sake』だ。

 後者は”Ben's Tune-Up”という居酒屋ラーメンレストランがベースとなっており、共同経営者で醸造者であるジョナサン・ロビンソンは”クラフトビールは地元市場で飽和状態であり、日本酒は我々の名を知らしめるのに役立っている”と語っている。
 ”我々は今のところクラフトビールの醸造所を開くつもりはない”とロビンソンは説明している。
 ”ここではみんながクラフトビールを造っており、20年以上造っている人も大勢いるんだ。だが日本酒については新境地だ”

 『Ben's American Sake』は現地で醸造され、飲まれている。
 バーリストの中には蜂蜜金柑酒だけではなく、活性炭入りや発泡日本酒まで含まれている。
 また、ロビンソンは明らかに伝統的ではない醸造をするためにビール醸造の技法も持ち込む計画だという。 バーボンの樽を使って、寝かした日本酒を造ろうというのだ。

 日本のスタイルに忠実なのはアメリカ初の日本酒蔵として広く知られているミネアポリスのMoto-iだろう。

 オーナーのブレイク・リチャードソンは2008年に自分のレストラン兼醸造所をスタートさせる前に日本の酒蔵を幾つも訪れている。

 リチャードソンの酒蔵では低温殺菌していない日本酒を楽しむことが出来る。また、彼は日本酒の伝統を重んじ、冬にしか醸造を行わない。

 ”冷たい空気と水、これが日本酒を造る理想的な環境なのです。”と彼は言う。

 日本酒はもちろん米から造られている。

 しばしば使われるのは何世紀も前から日本で育てられている独特な品種の米だ。最初のステップは米を研ぐ事。発酵中に雑味や匂いが入り込まないように、油分やたんぱく質を含んだ外層を除去するために何度も磨かれるのだ。その後で米は澱粉を素早く糖に変換させるオリゼーと呼ばれる麹菌を植える前に水に浸され、蒸される。酵母発酵によってアルコールへと変わる過程で糖はまばゆいばかりの、まるで香水のような香りを作りあげる。

 日本酒はほとんど寝かせることが無く、時には醸造してから数週間後に飲むこともある。

 日本では一番古い酒蔵はコロンブスの時代に設立され、数世紀に渡る研鑽による酒米、多数の清酒酵母、醸造についての専門的な知識と多数の機器で絶頂期を迎えた。

 対照的にアメリカでの日本酒醸造はその材料と機器のために苦労をしている。

 ”凄く難しいよ、醸造のための設備がまだないんだ”

 そう語るのはメイン州キーポイントにある醸造所『Blue Current Brewey』のダン・フォード。

 ”250kgの米を蒸すスチーマーがアメリカで見つかると思うか?”

 フォードと共同経営者のジョン・シゴウスキーは日本から蒸し機を輸入し、今はガレージで稼働中だ。 彼らには夏に醸造用の大型施設を見つける事、秋には新製品を出すという2つの計画がある。

 成長が遅いために酒米を定期的に確保できない事、”我々にとって妨げになっているのはそれのみです”

 そう語るのは100%有機栽培米を使った『テキサス・サケ・カンパニー』の社長であり杜氏(日本における醸造主)のYoed Anis。

 しかし、誰もがアメリカの醸造所が素晴らしい日本酒を造れると信じているわけではない。

 マンハッタンで酒小売店の”Sakaya”を営んでいるオーナーのリック・スミスは輸入物の日本酒しか扱っていない。

 彼は素晴らしい日本酒を造れるのは日本人だけだと信じている。今はまだ。

 ”アメリカは日本から100年は遅れている”

 アメリカ国内で4店しかない日本酒を専門的に扱っている小売店の1つでもある”Sakaya”のオーナー、スミスはそう語る。

 ”アメリカでは日本国内の高品質な酒米にアクセスする手段もなく、知識もないし機器もない。[アメリカで醸造した日本酒]というのは確かに嬉しい事だけど、それはまだ日本の日本酒と同等であるという訳じゃないんだ”

 Moto-iのリチャードソンはその意見に同意していない。 ”1970年代、我々が良いシャルドネ(ワイン)を造れると思った人がいただろうか?”彼はそう語った。

 ”ドイツスタイルのピルスナービールを造れると思った人は?しかしアメリカ人は素晴らしいワインと素晴らしいビールを造る事が出来たんだ。日本酒だって同じようなアメリカンストーリーを探してみせるよ”
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 フランスのシャンパーニュ地方は、世界中に旨いスパークリングワインが生まれて、「シャンパン」に危機感を覚え、世界貿易機関(WTO)の地理的表示に指定した。 だが、米国の日本酒つくりは黎明期で、日本の日本酒の足元にも及ばないようだ。

 日本政府の「クールジャパン戦略」とは、いったいなんだろう。 日本酒を愛し、ほほえましい努力をしているアメリカ人たちを、日本産以外の日本酒は日本酒ではない、と恫喝する意味があるとは思えない。 将来、日本のライバルになる前に芽を摘んでおこうとでもいうのだろうか。 歴史と伝統に根ざした日本の日本酒つくりは、そんなひ弱な産業ではないだろう。

 いや、もしかしたら、日本酒でも本当に警戒しているのは中国かな?