2016年3月30日水曜日

太平洋のロマン、古代ラピタ人の”現実”



 太平洋の島国パラオに行くたびに、パラオ人よりもフィリピン人や中国人が働いている姿の方が目立つと思う。商店の経営者は中国系が多いし、従業員はフィリピン系が多い。 
 パラオ人も働いているのだろうが、あまり目につかない。 そもそも何を収入源にして生活しているのか、旅行者には見えてこない。 だが、彼らは決して貧しくない。 街の表通りから一歩裏に入ると、緑の中に家々が散在する長閑な生活空間がある。 どこの家にも乗用車が1台はある。 最も近い隣国フィリピンの平均的国民より生活レベルははるかに高い。
 男たちは毎日のように、誰かの家の庭先や海岸端に寄り集まって、仲間同士の会話を楽しんだり、カード遊びにふけっている。 こういうときに欠かせないのはビールだ。 バドワイザーに代表されるアメリカ・ビール、フィリピンのサンミゲル、日本のアサヒ・スーパードライ…。 銘柄もかなり豊富だ。 彼らの生活ぶりを見ていると、本当に羨ましくなる。 あくせく働く日本人がバカに思えてくる。
 パラオ人は男も女も概して、大きな腹をして太っている。 きっと、幸せすぎる生活とビールのせいで、あんな図体になったに違いないと思い込んでいた。
 しかし、先週パラオで過ごしていたとき、船着き場で太った女が泳ぐ姿を偶然見たとき、はっとした。 彼女がセクシーだったからではない。
 彼女は、頭を水面に出して、手足をほとんど動かしていないのに沈まないのだ。 ときどき手足を動かすのは方向転換をするときだけで、泳ぐというより浮いている、漂っているといった感じだ。
 身長160センチほどで体重は100キロ近くか。 かなりの体脂肪率。 あの脂肪のせいでプカプカ浮いていられるのだろう。 おそらく彼女には水中に沈むなどということは想像できないに違いない。 それは鳥が空から落ちるのと同じくらい不可能なことだ。
 そんなことをぼんやり思っているうちに、ひとつの仮説が浮かんできた。 
 パラオ人に限らず、太平洋の人々はたいてい太っている。 かつて日本にはトンガの力士がいた。 南太平洋のポリネシア人が渡っていったハワイからは高見山や小錦、武蔵丸といった人気力士も誕生した。 
 彼らはなぜ太っているのか。 ビールのせいもあるが、それは太平洋という広大な海を生きる場に選んだ民族の体内に仕込まれたDNA、生存手段だったのではないか。 そう思えてきた。 かつてパプアニューギニアで会った医師は、彼らはタロイモを食べるだけの粗食でも太れる体質ではないかと言っていた。
 アフリカで誕生した人類は欧州へ、アジアへ、アメリカへと渡っていく。 その移動の流れが太平洋に島々に辿り着くのは、人類史上では非常に新しい3000年あまり前だと言われている。 最初に大海原に乗り出した冒険者たちに関しては、遺跡や遺物が非常に少なく、はっきりした実像は浮かび上がっていない。 彼らはラピタ人と呼ばれる。 台湾からニューギニアへ渡り、そこを起点に太平洋へ小舟で漕ぎ出したとされる。(ラピタ人がパラオに達したのは、いつのことかわからない)
 なぜ、彼らは恐ろしい危険を冒すような選択をしたのか。 羅針盤など存在しない時代に、小さなカヌーで太平洋へ向かう冒険は古代へのロマンをかきたてる。
 だが、パラオの船着き場で見た太った女の姿からの想像は、勇者の冒険ロマンを台無しにした。
 古代ラピタ人もパラオの太った女のように沈まない浮力を持った人々だったら、海を怖がるわけがない。 向かう先に何があるかわからない旅は冒険ではあるにしても、水に対する恐怖心がないなら心構えは大きく異なる。 冒険などと深刻に考えず、何気なく好奇心で広い海へ向かったら島があったので住んだだけ。  
 現実とは、TVドラマや小説のように面白くないのが当たり前、というのが生きている我々の常識だ。 人類学者も、毎日ビールを飲んで太ったパラオ人のように、楽観的に生活しているような連中を古代の冒険ロマンの主人公にはしたくだろう。 だが、これが古代太平洋の現実だったと言い張っても、当面は誰も否定できない。 ダメかな? 

2016年3月8日火曜日

世界の男たちは皆同じ


 Facebook のマレーシア人の「友だち」の「友だち」で、イスラム社会の人や光景の画像をまめにアップする若い男がいた。 名前もプロフィルも、不勉強のために理解できないアラビア文字なので、国籍に確信は持てないが、おそらくアフガニスタンのタジク人と思われる。

 文字を自動翻訳してみるとペルシャ語と表示される。 彼のカバー写真は、侵攻したソ連軍と闘ったアフガニスタンの英雄マスード。 3・11直前にアルカーイダに暗殺されたマスードは、アフガニスタンの中でもペルシャ語を話すタジク人だ。 彼をアフガニスタン人と判断するのは、この二つの材料だけだ。 世界のどこに住んでいるのかはわからない。

 なんとなく興味を持って、「友だち」申請をしたら、すぐに承認の返事が来た。 以来、彼がアップする画像がFacebookを開くたびに、毎日のように飛び込んできた。

 これはなかなか面白かった。 イスラム教徒の若者の関心対象がよくわかったからだ。 結論から言うと、日本や欧米諸国の若者たちとそれほど違わない。 一番の関心は魅力的な若い女たち。 イスラム世界に馴染みのないたいていの日本人には、イスラム教徒は異星人同然かもしれない。 そういう人たちには、Facebookでイスラム教徒の「友だち」を作るのはお薦めだ。 きっと、親しみを感じるようになるだろう。

 だが、しばらくしてから、彼を「友だち」リストから外した。 いかがわしくて露骨なポルノ画像、動画のアップが次第に増え、見るに堪えなくなったからだ。 中には、”イスラム・ポルノ”とでも名付けたくなる興味深いものもあったが、次第にわずらわしくなってきた。

 とはいえ、世界中の男に大きな違いはないと知ったのは大きな収穫だった。