2009年5月21日木曜日

It's no use crying over spilt milk, but‥‥


 ずいぶん昔のことだが、山小屋で長いこと働いていた友人が、「すげえ客がいた」と興奮気味にしゃべった。

 食堂の大テーブルでの朝食時間だった。山小屋の朝食だから、味噌汁と漬物、ご飯に生たまごという簡素なものだ。多少の贅沢をしたい客は自前の缶詰を開けて、おかずを一品増やしたりする。

 だが、その一人客の男は、むっつりとした表情で席に着くと、朝食はこれで十分といった表情で、生たまごをお椀に割って入れ、慣れた箸使いで掻き回し始めた。

 ところが、どういうはずみか、お椀をテーブルの上に転がし、たまごを全部こぼしてしまった。それを見ていた友人は可哀そうだから替わりを特別に渡してやろうかな、と思った。

 しかし、その男は動じなかった。蠅がたかりゴキブリが這いまわり不潔このうえないテーブルに広がった生たまごに、とがらせた口を躊躇せずにつけ、ズルズルズルズルと吸い込んでしまったのだ。

 「まいった、えらい根性のあるヤツだ!」と、友人は感心した。この小屋で長年働いていた友人も、こぼれた生たまごを吸い込んだ客など見たことがなかったからだ。まわりの客たちも、唖然として見ていたという。

 だが、男のワンマンショーはまだ続いた。吸い込んだ生たまごを飲みこむと思いきや、男は今度はご飯の上に吐き出し、醤油をかけて掻き混ぜ、あらためて、たまごご飯にして平らげてしまったのだ。

 新型インフルエンザのパンデミックで大騒ぎし、病的な潔癖症がさらに進行しつつある日本の光景を見ていて、かつて日本にもいたタフな男のことをふと思い出した。

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