2009年7月23日木曜日

個人的日蝕ツアー


 ふと思い立って、ぶらりとでかける旅。当てが外れることもあるけれど、行き当たりばったり、それはそれで楽しいものだ。

 7月23日、皆既日蝕の日の朝、東京は重い雲がたれこめ、雨がしとしと降っていた。本州はどこも皆既日蝕の範囲外だが、晴れていれば部分日蝕は見られる。

 テレビを点けると、NHKの天気予報が言った。「関東地方は雲に覆われているが、北関東では雲が切れて日蝕を見られる可能性もある」 Yahooの「雲の動き予想」の動画を見ると、確かに、群馬県高崎市あたりは日蝕が続いている午前11時から正午ごろにかけて、雲が切れる。

 なんだか急に日蝕を見たくなった。

 とりあえず渋谷に行って、高崎行きの電車に乗った。雲の切れ目から太陽が姿を出したところで降りることにした。

 大宮を過ぎても、どんよりと曇っていたし雨がぱらついていた。

 近くの座席に、母親に連れられた小学生くらいの男の子と女の子がいた。彼らも日蝕を求めて高崎線に乗ったらしい。”日蝕グラス”をしっかりと手に持っていた。だが、曇り空に退屈したらしく、男の子は母親の二の腕のどろりと弛んだ肉を指ではじいて遊び始めた。

 扉のそばに立っている年金生活者とおぼしきジーンズ、ジョギングシューズ姿のオヤジは、律儀に駅に停車するたびにホームに半分身を乗り出し、太陽があるとおぼしき方向の曇り空を見上げていた。

 旅行社のぼったくりトカラ列島ツアーなどで散財せず、高崎線の部分日蝕個人ツアーでお茶を濁す賢い人たちは、かなりいたようだ。

 希望が出てきたのは桶川駅あたりだった。曇ってはいるが空が明るくなり、車窓の外には空を見上げる人の姿もあった。

 だが、晴れ間が現れるには至らない。もう少し電車に乗り続けてみよう。とは言え、日食は12時すぎまでだ。もう11時、いつまでも乗っているわけにはいかない。

 というわけで、曇っていたが、高崎の二つ手前、新町で電車を降りた。

 そして、ホームのはずれで、ほぼ真上を見上げれば雲を通して太陽が見えるではないか。だが、太陽の光線が強すぎて、とても肉眼で直視できない。思いつきで飛びだしてきたので、もちろん”日蝕グラス”などない。

 運良く、日蝕グラスを貸してくれそうな子供が通りかかるなどということもなかった。それどころか、電車が行った直後でホームに人気はまったくない。

 太陽が見えるのに、日蝕を見られない! なんというドジ!

 そのうち、空がまた暗くなり始めた。もうダメと思い、空を見上げて驚いた。

 日蝕が見えた。太陽が三分の一か四分の一、はっきりと黒く欠けているのが肉眼で見えたのだ。

 厚くなった雲がうまい具合に光のフィルターになったからだ。

 こうして、行き当たりばったりの日蝕ツアーは大成功となった。

 成功に酔って、高崎に住む友人Kを携帯で呼び昼飯に誘った。だが、残念ながら仕事で出られないというので、ホームの自動販売機でウーロン茶を買っただけで、上り電車に乗って東京へ向かった。

 そのうち、電車の中で気づいた。渋谷でパスモを使って乗って、新町ではホームにいただけで改札を出ていない。このまま戻って渋谷で降りるとどうなるのだろう。

 こういうことに知恵が回りそうなKにあらためてメールできくと、「『入ってからの時間が長すぎる』と言われるかもしれないので『新宿で改札出ずに人に会っていた』と言えば160円」というアドバイスが返って来た。

 そうか、なるほど、さすがK。

 しかし、ホントかなあ? 新宿ー渋谷は160円じゃなくて150円だから10円分は”遅れ賃”なのか? そもそも、駅員がこちらの話を信じてくれたにしても往復分を取るんじゃないか? あっ、新町の駅でパスモを使ってウーロン茶を買った! あれがパスモに記録されていて、新町まで行ったことがばれちゃうかもしれない。

 なんだか帰路は犯罪者の気分になってきた。

 さて、どうしたものか。

 結局、どうなるかわからなかったが、中途半端に池袋で降り、意を決してパスモを改札にかざしてみた。すると、駅員が飛んできたりせず、なんと、たった160円、渋谷ー池袋間の通常料金で通過できたではないか。

 あとで料金を調べてみると、渋谷ー新町間は1620円、往復で3000円以上をタダ乗りしてしまったことになる。これが合法か非合法かわからない。

 日蝕を見られて、3000円も儲かって、とても良い1日だと思った。

 ところが、夕方のテレビニュースでは、東京で部分日蝕が見えたと報じているではないか。なんだ、遠くまで行かずに、東京にいりゃ見られたんだ。

 なんだか、儲かったような、バカバカしかったような妙な1日でもあった。

 まあ、これが、行き当たりばったりで旅をする醍醐味と言えば、言えるかもしれない。

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