2011年10月25日火曜日

真水の津波がひたひたと忍び寄る

               (多くの住民はまだ逃げていない=ドンムアン地区で)

               (土嚢を積んで洪水に備える=ドンムアン地区で)              
 タイの洪水は徐々に首都バンコクの包囲網を縮めている。 既に水に浸かったバンコク北方の古都アユタヤとパトゥムタニの工業団地では、数千の工場がダメージを受け、日系企業では少なくとも400工場が浸水の被害を受けたとされる。 


 水はゆっくりとだが確実にバンコクへ接近している。 「まるで真水の津波だ」と、あるタイ企業の経営者は言った。 チャオプラヤ川から溢れる水は、津波のような劇的な凶暴性はみせない。 だが、静かに、そっと忍び寄り、シロアリのように国家のインフラを食い尽くす。 結果的には、今年日本を襲った大津波並みの被害を残すのではないかと、タイのメディアや政治家、企業家、専門家は憂慮する。

 今、バンコク中心部でも、洪水の到来に備え、建物の入り口に土嚢が積まれている。 あと1か月もすれば乾季に入る。 果たして洪水はバンコク中心部にたどり着くのか、あるいは、乾季入りで水が引くのか。 まったく予断を許せない。 スーパーやコンビニの棚からは、日本の3・11直後と同じように、ペットボトルの飲料水やトイレットペーパーが消えた。

 とは言え、人々はごく普通に生活しているようにみえる。 中心部から北へ約20km。 旧国際空港のあるドンムアン地区には既に洪水が広がっている。 主要道路でも、深いところでは人の膝まで水に入る。 街にめぐらされた用水路の水位も、もちろん上がったが、多くの魚も入り込んできた。そのせいで、釣り糸を垂らしたり投網を構える人の姿があちこちで見られる。 あっけらかんと洪水を楽しんでいる。

 ゴム長が飛ぶように売れ、小商人はここぞとばかり金儲けをしている。 タイでは当局が土嚢を用意してくれるわけではないから、土嚢売りも今がチャンスだ。 タイの食文化の大きな部分を占める屋台は足が水で濡れるくらいでは、決してめげない。 いつも通りにトリや魚を焼き、バナナを揚げている。

 生活が多少不便になっても、彼らの「マイペンライ」つまり「どうにかなるさ」精神は、こういうときこそ、したたかさを発揮するのかもしれない。

 だが、本当に大丈夫なのだろうか。

 50年ぶりの大洪水というが、50年前のタイでは今回のような経済的打撃はありえなかった。 当時のタイには現在のような近代的工業生産はほとんど存在しなかったし、被害は農業にほぼ限られていたからだ。 タイの経済専門家は、今回の洪水がバンコクに達すれば、被害は少なくとも3000億バーツ(約7500億円)に達し、GNPを3%ほど引き下げると試算している。 

 急速な経済発展で産業構造が一変したタイは国家のかたちが50年前とまったく異なってしまった。 かつて降雨を吸収していた湿地は農耕地になり、森林は切り開かれ町になった。 インフラ整備なしの発展とは、まさに砂上の楼閣だった。 それを”真水の津波”が突き崩そうとしている。 タイが、過去に経験したことのない歴史的出来事に遭遇しているのは間違いない。

 だが、それも、とりあえずは天気次第だ。 タイの専門家たちは、タイの国際的信用を回復するには、長期的視野に立って、洪水に太刀打ちできるインフラ整備に着手すべきだと主張する。 まったく、その通りであろう。 ただ、短期的には、国王と国民が一丸となって乾季が早く到来するよう仏陀に祈るしかないようにもみえる。

 (The Yesterday's Paper タイ洪水取材チーム=バンコク)

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