2009年8月11日火曜日

親日トルコで夏休みを


 夏休み。海外旅行のシーズン。自分たちが行こうとしている国はどんなところ? そんな興味と関心のひとつに「親日かどうか」というのがある。
 実にナンセンスな問いかけだと思う。親日だと何か得することがあるのだろうか。どこの国に行っても、観光客は騙され、ぼられる宿命にあるのだ。親日国でタクシーに乗れば料金をまけてくれるわけでもない。
 日本に住んでいてもわかると思う。いい奴もいれば悪い奴もいる。それが人間社会というもので、世界中同じなのだ。観光客は国賓ではない。親日もへったくれもない。
 それでも日本人は親日かどうかが、とても気になるようだ。「親日」について、代表的「親日国」とされるトルコを素材にして考えてみようか。

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 トルコ政府は、イスラム教の国で民主主義が最も根付いているのはトルコであると自負する。そう主張するトルコ政府が最も嫌がるのは、自国の少数民族クルド人への人権抑圧を外国人に指摘されることだ。だが、欧州の政治指導者たちは、トルコの神経を逆撫でしようが意に介さず、クルド問題をずけずけと批判する。

 トルコ駐在の日本のある特命全権大使は、欧州人とはまったく異なる思考経路の持ち主だった。日本の外務大臣がトルコを訪問し、政府首脳と会談する際、クルド問題を絶対に持ち出さないよう画策したのだ。

 「親日国」トルコの気分を害したくないというのが理由だった。人間として生きる基本的権利を否定されているクルドの悲劇への考慮など、この大使にはかけらもなかったと言っていいと思う。

 「親日国」というと、トルコの名前が必ず挙がる。このイメージを傷付けない、それだけが、この日本大使が在任中気にかけたことだった。過去のイメージを守る、つまり、何もしないことで勤務を全うしたのだ。

 だが、今や広く行き渡っているイメージ「親日トルコ」は、作られた幻想と言って、ほぼ間違いないだろう。

 作ったのは、この幻想を懸命に守っている日本外務省とその周辺の専門家たち。

 彼らが「親日トルコ」の最大の論拠にしているのは、「エルトゥールル号事件」である。

 1890年(明治23年)、オスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が日本を訪問した帰途、和歌山県沖で遭難して沈没し587人が死亡した。だが、地元・串本町住民の献身的救援活動で69人が救助された。

 「親日トルコ」論者たちは、この事件が日本ートルコ友好の礎となり、今もたいていのトルコ人が「エルトゥールル号事件」を知っているというのだ。

 この説の正否は世論調査でもすれば結果がたちどころに出るだろう。そこまで綿密に調べなくとも、経験的には非常に疑わしい。イスタンブールで身近なトルコ人たち、学歴は大学卒以上に、この事件のことを訊いて、知っているという答えに出会ったことがないからだ。

 もうひとつの論拠は、1905年(明治38年)日露戦争での日本の勝利だ。当時、オスマン帝国はロシアからの強い政治的・軍事的圧迫を受けていた。そのロシアを遠く離れた極東の国が破ってくれた。イスタンブール市民は歓喜で湧き上がったという。

 だが、トルコが日露戦争で親日になったと言うなら、当時、欧州列強の植民地だったアジア、アフリカの国のほとんどを「親日国」と呼ばねばならないだろう。

 有色人種の小さな国が白人の大国に初めて勝利した歴史的事件は、帝国主義支配の下で搾取されていた世界中の人々を驚かせ、将来への希望をもたらしたからだ。

 途上国を訪れる日本人観光客に取り入ろうとするヤカラは、「ホンダ」「トヨタ」「ソニー」など、日本を代表する有名な会社や商品名を挙げて「親日」ぶりをアピールする。日露戦争は、そういう彼らの数少ない日本知識のひとつにもなっている。

 この程度の「親日」で喜んでしまうのは、よほどウブな観光客か、単細胞の似非愛国者だろう。だが、「親日トルコ」論では「日露戦争」は欠くことのできない要素になっている。
 
 さらには、オスマン帝国崩壊のあと生まれたトルコ共和国の「建国の父」、ケマル・アタチュルクは、明治維新を手本にしたとする説を、戦前の駐トルコ日本大使が文芸春秋に書いている。これには出典も証拠も証言もなく、想像の産物としか言いようがない。

 それでも、トルコは親日ではないとは言えない。一般のトルコ人は、日本人に親近感を持って接してくれるように思える。非欧州の文化的、歴史的共通性がどこかにあるからかもしれない。

 別の視点からすると、トルコという国を考えるときの重要な要素として、国境で接するすべての隣国、歴史的に長く接している国との関係が常にぎくしゃくしていることを無視できない。

 具体的には、国境を接する7つの国ーブルガリア、ギリシャ、シリア、イラク、イラン、アルメニア、グルジアとの仲は決して良くない。なんらかの問題を抱えている。そして、オスマン帝国以来、敵として友として、複雑な感情を持たざるをえない欧州。

 トルコ人には、イスラム世界で共通する、ある種の中華思想がある。世界は陰謀が渦巻き、強いトルコの出現を拒もうとする動きに満ち溢れている、欧州がクルド人問題を突き付けるのも陰謀の一環だ、というものだ。

 この猜疑心が近隣諸国との友好関係発展を阻害しているように思える。

 その一方、遠く離れ、”陰謀”に関わっていない国に悪感情は湧かない。それが、まさに日本だ。しかも、東洋の礼節をもってトルコに接し、人権問題を露骨に突き付けることなどしない。観光客はおとなしく、しかもカネをたくさん落していってくれる。嫌う理由などあるわけがない。

 かくて、イスタンブールの観光名所ブルーモスク周辺の客引きたちは、日本の女の子たちに精一杯やさしく接し、巻き上げられるものは何でも、カネでもからだでも巻き上げてしまう。そこには、小さいながらも”民間外交”による確固たる「親日コミュニティ」ができあがっていると言えなくもない。
 

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