2015年1月17日土曜日

「死病・大動脈瘤破裂からの生還」顛末-続編


 ちょうど2年前、2013年1月14日、北海道の富良野スキー場は曇り空だったが、雪のコンディションは悪くはなかった。

 その8か月前、死亡率90%という腹部大動脈瘤破裂で緊急手術を昭和大学病院で受け、命を救ってもらった。 1か月の入院で落ちた筋力はまだ十分に回復していなかったが、スキーをできるまでにはなっていた。 この1か月前には、同じ北海道の夕張で術後初めてのスキーを楽しめていたので、不安はまったくなかった。 それでも、ゆっくりと慎重に滑り始めた。

 異変が起きたのは、ゲレンデを滑り終わろうとするあたりだった。 ロープウェイ乗り場まで200㍍ほど。 突然、胸の上部から背中へ突き抜けるような痛みが走った。

 そのまま雪の上に座り込んでしまった。 まもなくスキー場のパトロールたちが救助用ソリで下まで運んでくれた。 彼らは、ホテルの部屋まで送ってくれると親切に申し出てくれた。 しかし、自分のからだの中で、とんでもない異変が起きたということだけは感じていた。 救急車を呼んでもらい、運ばれたのは地元の富良野病院だった。

 ここで検査を受け、またもや命に関わる大動脈の問題とわかった。 前回は腹部、今度は胸部大動脈解離だった。 苦痛をこらえて横になっているベッドのそばで、若い男の医師がどこかに電話をして容態を説明し、これから患者を運ぶので手術をしてほしいと懸命に頼んでいる声が聞こえた。

 富良野病院では手術をできないので、救急車で1時間ほどの距離の旭川医科大学病院に懇願していたのだ。 どうやら受け入れてもらえることになり、再び救急車に運び込まれ、夏ならばラベンダー畑が広がっている光景で有名な国道237号線の雪道を突っ走った。

 旭川に到着してからのことは、麻酔のためか、まったく記憶がない。 とにかく5時間の緊急手術で命を取り留めたのだ。 だから、こうして生きている。

 今、あらためて担当医師たちが作成した「手術前説明書」を読んでみる。

 「上行胸部大動脈の壁が2層に裂け(解離)、血液が心臓の周りにしみだしている状態で、このまま放置すれば動脈が破裂したり、心臓が動けなくなり死亡する確率が高い(90%)」「冠動脈や脳に血液を送っている動脈にも影響が及んでいる可能性があり、心筋梗塞、脳梗塞を起こす可能性がある」「救命するためには手術が必須」

 まさに死にかかっている。 手術の具体的内容も丁寧に説明してある。

 「左大腿部を切開して動脈に血液を送るための人工血管を吻合」、「胸骨を切開し、人工心肺を回して、低体温(25-35度)にし、心臓を停止するとともに心筋保護液を注入」、「心臓および大動脈の血流を停止させ、大動脈に人工血管を吻合」、「血管を繋ぎおわったら心臓への血液の流れを再開し、弓部分枝(脳や上肢につながる動脈)を再建」、「人工心肺で充分に血液と体を温めた後、人工心肺を中止」、「止血作業をしてから、胸骨を針金で閉じ合わせ傷を縫合」

 素人にも大手術だったと想像できる。 手術の間および術後に起こりうる合併症、併発症にも言及している。

 「高度な心不全(大動脈バルーンパンピングや小型人工心肺の装着が必要)」、「不整脈、徐脈(ときには永久的なペースメーカーの植え込みが必要)」、「心タンポナーデ(心臓周辺に水や血液が貯留、手術などが必要)」、「出血(ときには止血のための手術が必要)」、「傷口の感染が骨に及ぶ縦隔炎(追加手術が必要)」、「脳合併症(脳梗塞など)」、「腎不全(長期化すると透析に移行する可能性も)」、「呼吸不全」、「肝機能障害」、「消化管障害(ストレス潰瘍による出血や虚血などによる腸壊死)」

 自分の幸運に驚いてしまう。 命が助かっただけではなく、これほど多種多様な合併症にも罹らず完全な健康を取り戻すことができたのは、運が良かったとしか言いようがない。 スキーもテニスも山登りも、そして友人たちとの酒飲みも、なにもかもが元に戻ったのは、この説明書を読むと奇跡のようだ。 

 奇跡は幸運の重なりで実現した。 第1に、発症した場所が良かった。 救助がすぐに駆けつけることが可能なロープウェイ乗り場のごく近くだった。 広い富良野スキー場にはパトロールがすぐにたどり着けない場所はいくらでもある。 さらに、富良野病院の若い医師の努力。 彼が旭川医大病院に懸命に頼んでくれなかったら、どういうことになっていたのだろうか。 命の恩人との再会はまだ果たしていない。

 そして旭川医大病院に運ばれ、有能な医師たちの手術を受けることができたことだ。 これは、とてつもない幸運だった。 あとで知ったのだが、この病院の循環器外科の評判は全国的に高く、手術を希望して順番待ちをしている患者は日本中にいるという。 その病院に、緊急というので飛び込むことができたのだ。 東京に戻ってから、掛かりつけの医師に旭川の手術について話したら、通常は7,8時間かかる手術を5時間で終えた手際に感心していた。
 
 神を信じることはない。 宗教心はかけらもない。 だが、なにかに感謝しなければいけない。 そして、せっかく色々な人々の努力で取り留めた命を大切にしなければいけないと真剣に思う。  

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