2012年2月13日月曜日

シリアからの難民



 シリアの住民に対する治安当局による情容赦ない武力弾圧は、日本でも大きなニュースになりつつある。 だが、自らの命を守るために母国を脱出せざるをえない難民が急増していることについては、あまり知られていないかもしれない。

 真冬の氷雨や雪の中、シリア国境を越え隣接するレバノン、ヨルダン、トルコへ着の身着のままで逃れるシリア人の数は、既に40,000人に達していると推測される。

 シリアと接するレバノンのベカー。 レバノン人の支援者によると、この付近の村にたどり着いたシリア人は約2,500人、このうち半数は過去1か月間に弾圧が激しくなってからやって来た。 もはや難民のための居住空間はほとんどなく、車庫や牛小屋も使うしかないという。 レバノン全体では、非登録者を含め10,000人を超えているとみられる。

 歴史家トインビーは、レバノンを宗教の博物館と読んだ。 イスラム教、キリスト教それぞれの様々な流派が混在し、各派の微妙な社会的、政治的バランスが安定のカギになる国家だ。 かつては、パレスチナ人の大量流入がきっかっけで泥沼の内戦に陥った。

 シリアでは、少数派・イスラム教シーア派の流れをくむアラウィ派の政権が、主として、多数派のイスラム教スンニ派の住民に弾圧を加えている。 したがって、難民のほとんどもスンニ派だ。 当然、レバノン当局はスンニ派の流入による社会バランスの変化に神経を尖らせる。 現在は、民間支援者たちが難民の世話をしているが、レバノン当局が今後、無制限に難民を受け入れるとは想像できない。

 一方、ヨルダンには、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、約3,000人のシリア難民が登録されている。 だが、報道などの非公式数字では、20,000人に達しているともいう。 だが、ヨルダン当局は、今のところ、テント設置など人道的援助には動いていない。

 弱小国ヨルダンは周辺地域の空気を敏感に嗅ぎとり生存をはかってきた。 イラク戦争への関わりを極力抑えたのは、この国家戦略に基づく。 イラクと同じ、隣りの強国シリアとの関係にも微妙な駆け引きが欠かせない。 おそらく、ヨルダンが難民支援に全面的に乗り出すのは、シリアのアサド政権倒壊が確実になるときだろう。

 中東の冬は、一般的日本人がイメージする以上に寒い。 シリア周辺にはスキー場だってあるくらいだ。 難民たちは政治に翻弄されながら寒さに震えている。

 トルコへ行った難民たちは、比較的恵まれている。 トルコ政府発表の数字によると、2011年7月以降、トルコに逃れたシリア難民は15,228人、現在(2012年2月)は10,227人が滞在している。 イスラム世界の赤十字にあたる赤新月社がシリア国境に接するハタイ県にテント村を作り、ほとんどの難民がここで生活している。 そればかりではない。 トルコ政府は仮設住宅2,000戸を建設し、完成後テント村から移ってもらうと発表している。

 外相ダヴトオールは、「アサド政権の弾圧から避難する人々をトルコは今後も受け入れる」と宣言している。 実際、トルコは、シリアの反政府組織「シリア国民評議会」の拠点にもなっているし、シリア政府軍から離反した兵士たちをも国内に受け入れている。

 トルコのこうした対シリア政策の中心にいるのは、首相エルドアンだ。 かつて盟友としていたアサドに対し、住民弾圧が始まると、明確に辞任をせまった。

 トルコは中東地域での存在感を次第に大きくしている。 シリアの独裁倒壊が現実になったときには、反独裁の旗頭となったトルコは、さらに影響力を強めるであろう。 トルコは難民をしたたかに利用しているとも言えるのだ。  

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